= サクランボだより=

        シリーズ №21



【 オペレーションズ・リサーチ(Operations . Research)と
5/30第1回国公立記述模試に見る木山方式の有効性の
検証】

 オペレーションズ・リサーチ(Operations. Research)とは、第二次大戦中、アメリカ・イギリス両国で発達した科学的・数学的な作戦計画の方法を言う言葉です。今日では主に経営方式の研究に応用されています。

 このオペレーションズ・リサーチの実効性を最も顕著にあらわしたのが、大西洋におけるUボート(ドイツ潜水艦)対連合国輸送船の戦いでした。大戦前半の1940年~1942年までの戦いは、イギリス側の護衛艦の不足や、一方のドイツUボートの急速な充足によって、イギリス商船隊は甚大な損害を受けます。

 しかし、1942年をピークとして、連合国側の商船の損害は急減し、1944年になると、Uボートの商船撃沈数は極めて低調となり、実質的なUボート戦はここに終息してしまいます。

 そのスコアをあげれば、大戦中にUボートが大西洋で撃沈した商船の総数は2940隻・1470万トン、一方、失われたUボートは781隻・80万トン、Uボート乗組員2万8千人の将兵が船と共に海底に沈みました。

 このスコアをめぐって、どちらが勝利をおさめたかは、見方によって異なるでしょうが、軍事物資の輸入によって戦力を維持できた島国・イギリスにとって、当時の日本の戦略輸送の絶対量である300万トンの約5倍の物量を沈められてしまったのは、いかに大英帝国といえども、国家の存亡に関わるほどの危機であったと思われます。

 ところで、1940年から1942年にかけて、イギリス海軍がUボートとの激戦から学んだものの一つに、船団を構成する商船の数と、これを護衛する護衛艦の、それぞれの最適な数と隊形の問題がありました。

 さて、ここで質問ですが、左の二つの船団の組み方を比べた場合、これらの商船を数隻の護衛艦で守る場合、Uボートの攻撃からより効果的に守れるのは、どちらの隊形だと思いますか?

《A方式》                   
  
   

       
進行方向→

   


《B方式》

   
   
   
   
         
進行方向→
   
   
   
   
   
                                    

 歴史的な事実として戦史が示すところによれば、答はB方式のほうです。イギリス海軍は、それまでの実戦の結果から得られた数値を、アメリカ海軍とともに徹底的に解析した結果、船団輸送を最低限の損害ですませるには、攻撃側のUボートの数と守る側の護衛艦の数に一定の比率が存在し、狼群戦法の10数隻程度のUボートに対するには、一つの船団に10隻程度の護衛艦の配置で十分であること、しかも
それは船団を構成する商船の数とは無関係という結論を導き出します。


 これがまさに
オペレーションズ・リサーチ(Operations. Research)です。その理屈をわかりやすく説明しましょう。

 
A方式のように船団を長くした場合には、ぞくぞくと続く輸送船の列は、敵潜水艦に絶好の魚雷発射点をみすみす与えやすくする結果になります。(潜水艦にとっては横からの攻撃が最適のポジションでした。)したがって、護衛艦も船団の列の前後や周辺に数多くの警戒の目を配る必要に迫られるわけです。そして結果的には、より多くの護衛艦艇を必要とすることになってしまいます。

 一方、
B方式のほうは、船団の全面を広くして縦列の短い船団を組めば、船の横方向からの魚雷攻撃がしやすい潜水艦から見れば、魚雷発射の機会が減殺され、かといって船団の正面から目標を狙おうとすれば、潜水艦はたちまち船団の中に取り込まれることになり、攻撃側から見れば、極めて攻撃しにくいことになります。というのも、各船団にも潜水艦攻撃用の爆雷が積み込まれていましたから、碁盤の目状の船団の水面下に取り込まれてしまうという状態は、潜水艦にとっては、どちらに回避しても爆雷攻撃から逃れられないというリスクを背負うことになるのです。

 そういうわけで、船団の正面の幅を広げても、特にその正面の前方に護衛艦艇を配置する必要もなく、船団の規模の割には少ない護衛艦で済むという結論になるわけです。(大内健二『輸送船入門』こうじん社NF文庫による)

 こうして大戦後半の大西洋の連合軍の船団は、約30隻から80隻程度の大船団を、こうした間口を広く奥行きを短くする隊形で運用し、効果的な対潜兵器と組み合わせて、Uボートの封じ込めに成功するわけです。

 なんら攻撃的な兵器を用いることなく、頭脳的な解析力で戦いを有利に導いた、こうしたアングロサクソン的合理主義・実証主義、オペレーションズ・リサーチの精神に、木山は実に感嘆深いものがあります。

 暗号解読といった高度の頭脳戦を頂点として、当時の英米の戦争遂行能力の根幹には、実に厳しく理性的な分析力・理知があって、そこで得られた知見が戦略上にも戦術上にもすぐに応用されたという事実に、現代人の我々も瞠目(どうもく)すべきです。



 一方、こうしたオペレーションズ・リサーチがなんら発揮されなかった逆の例、つまり失敗した例を挙げるとすれば、たとえば、第二次大戦中の日本陸軍の戦車の問題があります。

 宗像和広著『陸軍機械化兵器』の中で、昭和16年に日本軍は弾薬に9億6千万円、戦車に2億5千万円、火砲と小火器にそれぞれ1億円使い、昭和19年にも戦車だけに2億3千万円使っている、という数字が紹介されていますが、これらの95式軽戦車、97式中戦車、1式中戦車といった、おおむね7トン~15トン程度の戦車では、米軍に対して何ら戦力化に寄与せず、むしろ一般火砲の生産を抑制したという点では、敵を利しただけの壮大な資源の無駄遣いであったことが、今日的な視座からは明らかにされています。

 というのも、日本軍の戦車は最終的には硫黄島においてもフィリピンにおいても、半没陣地として利用されたに過ぎません。結局、トーチカとして使用されるのであれば、高価で生産過程の複雑な戦車ではなく、1式47ミリ対戦車砲とか、試制57ミリ対戦車砲などの一般火砲の生産に資源をまわして、それらを多数配備したほうが、費用対効果の面でより有効であったと思われます。

 実は昭和14年に当時のソビエト軍とノモンハンで武力衝突したノモンハン事件の時に、日本陸軍は鹵獲(ろかく)したソ連製の45ミリ対戦車砲で97式中戦車の砲塔を撃つといった実験をしているのですが、その結果、敵の対戦車砲は1500メートルも先から、日本の主力戦車の砲塔を右から左に完全に貫通してしまうということがわかっています。

 ですから、自軍の戦車の性能の低さについては、十分に陸軍当局も理解していたはずです。にも関わらず、何ら戦力化に寄与しない低性能の戦車を昭和19年までせっせと量産しては、船で南方に送り続けたという事実は、まったくもって不可解としか言いようがありません。

 なぜ当時の陸軍首脳部は、この問題に対し、何らの対策も講じなかったのでしょうか?
 
 虚妄な精神主義のあらわれなのか、それとも軍人官僚のお役所仕事的惰性のなせるわざなのか、戦記を読むたびに首を傾げたくなります。

 どのような用兵思想にも前提となる諸兵器の性能があり、もし前提としての兵器のレベルが要求される性能に見合わないとわかった場合には、または敵の攻撃に抗耐できないとわかった場合には、新たな前提に基づいて用兵思想を組み立て直さなければなりません。

 そのとき必要になるのが、合理的問題解決の方法論、すなわちオペレーションズ・リサーチやドクトリン(Doctrine=政治外交・戦争指導における原則)の存在です。これは今日的地域紛争などにおいても、この両者の確立は、紛争に勝利するための至上命題と言えます。

 こうして考えてみると、大戦中の日本陸軍にはオペレーションズ・リサーチやドクトリンがあったとは到底思えません。昭和の日本陸軍の軍人たちは、特に指導的立場にあった人たちは、前提が変わったことに対して、極めて鈍感であり、あるパターンの行動をくり返すしか能はなく、批判的に前提を再考察して論理的な問題解決の方法に則って、新たな対抗策を導き出すということができなかったようです。

 その意味で昭和の陸軍の戦争指導に明確なドクトリンではなく、むしろそれは精神主義によって鼓舞された頑迷なまでのドグマ(dogma)であったと言えます。
*ドグマ(dogma)=仮想的な有能感による根拠のない独断的な言説や思考法





 ところで、入試古典問題におけるオペレーション・リサーチといったものを二つ、思考実験を通してやってみましょう。

(オペレーションズ・リサーチその1)

【質問】
木山の古文公式・漢文公式を常に授業中に利用する場合と、それがない場合とで、1・2学期の通年を通した23回の講義を通して、どの程度の演習量の差が生じるのでしょうか?

 たとえば、文法問題として頻出の「に」の識別を例にあげて考えてみましょう。もし、「に」の識別を板書で講師が書きながら説明するとすれば、以下のようになります。

 
① 体言・連体+『に』(係)+あり/侍り/候ふ/おはす
   断定『なり』の連用(~である)
  *にや(あらむ)・にか(あらむ)・にこそ(あらめ)
 ② 連用形+『に』+過去系助動詞
   完了『ぬ』の連用形
  *~にき/~にけり/~にけむ/~にたり
  ~にし/~にしか
 ③ あはれ/をかしげ/直単C頻出形容動詞の23語は覚える
   形容動詞の連用形活用語尾
 ④ 帰着点・目的を示して訳が『に』のまま
   格助詞の『に』
   *強調の格助詞(ただもうどんどん)
   *~におかれましては(も)
 ⑤ 連体形+『に』、~
   接続助詞の『に』(文と文をつなぐ)
   *単純接続(~すると・~ときに)
    順接(~ので)
    逆接(~けれども・~のに)


 これらに例文をつけて板書するとすれば、代ゼミのサテライン用の長い黒板でも、おそらくは一面では足りずに、一面半くらいの板書量になるはずです。その間、学生は黒板を見ては写し見ては写し、時に色ペンで塗ったりして延々20分ぐらいは書き写す作業に追われます。

 で、すべてを書いてしまってから暗記の練習に入るのですが、その無益に書き写すだけの20分の時間が、木山の古文公式が常に手元にあれば、公式42の『に』の識別の欄に、右に書いたすべての項目が例文も含めてすべて載せてありますから、すぐに暗記の練習をスタートさせることができます。

 これは、同様に板書量が多くなってしまいがちな
『なり』の識別(公式45)、『し』の識別(公式43)、『らむ』の識別(公式44)、『なむ』の識別(公式40)『の』の識別(公式41)、『にて』の識別(公式47)、『して』の識別(公式48)などなど(以下、多数)においても、すべてまったく同様です。

 仮りに90分の授業のうち、平均して25~30分ぐらいが板書の書き写しに追われるとすれば、1・2学期の23回の講義を通し、25~30分×23回=575分~690分の損失となり、これを1コマ90分の単位で割ってみますと、約8コマ弱(7.7コマ)の授業量に相当します!

 つまり、年間を通して古文公式を常に活用して授業を進めれば、板書のみですべてを書きながら説明する方式に比べて、
約8コマ弱分の講義を余計に多く受講していることと同じ結果になるわけです。

 他の古文講座が、テキストの単元的な過去問演習を消化することに手一杯であるときに、なぜ木山方式では、さらにプラスアルファとして古文単語450の暗記、文法60項目のチェック、文学史の暗記、和歌修辞のチェックなどの訓練まで綿密にやることができるのか、といえば、その秘密は、
古文公式の活用によって年間でおよそ実質8コマ弱分の時間を浮かせているからです。

 また、レギュラーの各古文講座と合わせて、たとえば『古文文法』などの単科ゼミを受講している人の場合、このアドバンテージは通年で2倍の約16コマ弱に拡大しますから、より多岐にわたって、たとえば古文文法で漢文語彙をチェックするとか、その逆に漢文のクラスで直単チェックをやってみる、なとどいうことまで可能となりますし、実際に1学期のうちからそれを行っているクラスもあります。


(オペレーションズ・リサーチその2)

【質問】
代ゼミの年間を通して行われるセンター模試や国公立記述模試の古文、また本番のセンター古文などの得点化に結びつく古文語釈問題への対策として、直単450の暗記をした場合と、1・2学期の古文講座テキスト中に出でくる重要古文単語のみをチェックしていく場合とで、最終的にどのような得点寄与率の差が生じるでしょうか?

 2009年度の第2回の代ゼミセンタープレの得点化に寄与した直単450中の単語は、お便りシリーズ№9に分析したように、
 ・Eその他の重要語14「
~さす」=動詞について動作を途中でやめる意を表わす
 ・A動詞2「
あくがる」=ふらふらとさまよい出る
 ・A名詞37「
血の涙・紅涙」=深く嘆き悲しんで流す涙

の3単語・3問であり、得点寄与率は5点・5点・7点で、17点でした。

 また、今年の本番のセンター古文の得点化に寄与した直単450中の単語は、お便りシリーズ№15に分析したように、
 ・B54動詞「
まぼる」=じっと見つめる・見守る
 ・C70形容詞「
まめまめし」=①真面目だ・誠実だ(人) ②実用的だ(物)
 ・A58名詞「
をこ」=ばかだ・おろかだ

の3単語・3問であり、得点寄与率は5点・5点・8点で、18点でした。

 一方、比較のサンプルとして2009年度、1・2学期の『私大古文』を取り上げてみますと、『私大古文』のテキストの下段に載せられている「単語・語法のチェック」のうち、「語法」を除く重要単語のみを累計していくと、1・2学期全23題で合計115単語が紹介されています。(重複して載せられている単語はカウントしていません。またその他の古文テキストには下段の単語チェックが載せられていませんので、サンプルには使いませんでした。)
 
 仮りに、450単語でセンター古文をシフトした場合、450分の3単語(つまり全体の0.6%)の単語が実際に出題され、それが50点満点中の18点(36%)の得点寄与率に反映する、といった結果になります。
 これは、過去6年間のセンター本試での平均的な語釈問題の得点寄与率もほほぼ同様の数値になります。(文法・文学史問題は除く)

 一方、通年の『私大古文』のテキストで紹介されている115単語は、分母の数としては、450単語の約25・5%の数量ですから、それを分子の3単語に掛けてみますと、3×25・5%で、0.765単語の出題率となり、1未満となりますから、結局、『私大古文』の通年テキスト(全23題)がセンターの得点に寄与する割合は、
何も寄与しないか、または1問に寄与する可能性がある、といった結果になります。(これは通年で用いる『センター古文』テキストでもほぼ同じ結果になると考えられます。)

 以上の分析から、直単450の暗記の効果は、レギュラーテキストに出てくる単語のみを覚えていく方式に比べて、本番入試での得点寄与率が極めて高いといえるのではないでしょうか。

 中には、網羅する単語の量が十分に多いのだから、そのうち3問ぐらいセンターに出てくるのは当然予想されることであって、大したことではないと反論する人もいるかもしれませんが、仮りにそうだとそしても、実際に過去6年間毎年、木山の直単からセンター古文に3ヵ所の語釈問題が出題されており、なおかつ、そのための対策を学生一人一人に十分なくり返しのもとで、しっかりと対策化し、確実に得点化してきたという事実そのものの重みは、やはり否定できないのでしょうか。

 そういう意味では、上に示した分析は、単に数量化のモデルを示したのみで、単語集の内容の精錬の度合いについては不問にしていますから、内容的なことを言えば、狙われやすい単語を十分に網羅しているという点で、直単450は数量モデル以上に、その有効性は高いと言えます。

 そのことを、新学期スタート4月15日から、ちょうど45日目(一ヶ月半経過時点)に行われた第1回国公立記述模試をサンプルにして、さらに具体的に検証してみましょう。





【5/30第1回国公立記述模試に見る古漢公式の有効性】

 古文の出典は『平家物語』巻の十一「重衝被斬(しげひらきられ)」の一節で、大仏焼き討ちの仏敵として奈良に護送される途上の平重衝が、北の方との今生の別れに涙するといった場面でした。

○ 中将
なのめならず悦びて、

○ 「只今奈良へ御とほり候ふが、立ちながら
見参(けんざん)に入らばや  と仰せ候ふ」

いつしか先立つ物は涙なり。

○ 「出家して、形見にかみをも奉らばやと思へども、ゆるされなければ、
  
力及ばず。」

問一 傍線部1~4を、それぞれ現代語訳せよ。(各3点×4=12点)

 直単の意味や文法を隠した状態で、授業中直接当てられる訓練を、すでに5月末時点で4・5回以上受けている学生さんにとっては、ここは
あっさり、しかも時間をかけずに全問正解となるはずの設問です。

*傍線1の「なのめならず」は、直単C形容動詞の21*「なのめならず」→「一通りではない」の知識から、答は「並一通りでなく」

*傍線2の「見参(けんざん)」は、E軍記5→(身分高い人に)お目にかかること。「ばや」は、公式37②で「~たい」の意なので、答は「お目にかかりたい」。

*傍線3「いつしか」は、公式39の下段に「いつしか~(願望)」→「はやく~/はやくも~」とあって、「はやく~たい(願望)」となるか、「はやくも~する(普通の述部)」となるかの、いずれかの形で訳を区別するのが基本ですから、ここは「いつしか」の下に願望を表わす語句がないので、「はやくも」が正解。

*傍線4「力及ばず」は、Eの軍記の7「力なし/力及ばず」→「仕方がない」の知識から、答はそのまま「仕方がない」。

 以上、問一だけでも
あっさり時間をかけずに、12点の得点となります。これが4月15日の1学期の第1回の講義以来、木山が生授業でもサテライン授業でもくり返しくり返しくり返し言い続けてきた〝古文単語直単450ABCDEの暗記をまず第一義にして優先的に覚えて下さい!単元的な過去問演習を数題くり返しただけでは、模試対策としては極めて効率が悪いのですよ!どうか直単の暗記のスタートをして下さい。模試に間に合いますよ!〟などと言い続けてきた、そのことの結果です。

 結局、今回の国公立模試で、木山古文公式が文法事項も含めて得点化に寄与した比率は、

【50点中/33点!】 (66%)

でした。

 漢文公式は、

【50点中/20点!】 (40%)

つまり合計で、古典は、

【100点中/53点!】 (53%)

が、木山方式に拠るベーシックな得点になるわけで、これにその他の説明問題でどの程度上乗せするかで、総合得点が決まります。

 その、時間をかけずに得点化できるベーシックな53点分をとるために、代ゼミ新学期スタート時点から、模試までの45日間のあいだに、一体あなたは何をすればよかったのでしょうか?

 国公立組がレギュラーで受けている古文講座といえば、「センター古文」と「国公立古文」だと思いますが、その2冊の単元的な過去問演習をしっかりと復習していれば、今回の模試に何かしら寄与したのでしょうか?

 残念ながらそれは否(いな)です!両テキストの第1回から第6回の過去問中に、上に挙げた4単語はどこにも登場しません。

 そもそも「力及ばず」などの軍記・中世語まで載せている市販の単語集など木山は見たことがありませんし、今回の4単語を含んだ重要古文単語を毎回の授業で学生一人一人にあててしっかりと暗記させる方法論を木山以外でやっているといった情報など聞いたことがありません。

 したがって、何をなすべきであったか、答は簡単です。
 
①木山のクラスをやめないこと。
 
②木山の直単450を暗記して、あてられ続けること。
 
③古文公式・漢文公式の受講の機会を、夏期も含めてできる限りのがさないこと。
 ④そして、これからも最後まで続けること。

です。

 にも関わらず、多くの学生は、今年の夏期の講座を見ても、結局は単元的過去問中心の汎用的古文講座へと吸い込まれてしまいます。上に示したような模試や本番入試へのダイレクトな得点寄与率を実証するのでなければ、どのような方法論であれ、その効果のほどは保証されないというべきです。


 変なたとえですが、たとえば必ず津波が襲ってくるとわかっていて、村人を時間内に山の方向に避難させようと必死になっているときに、しかしながら村人の大半はあなたの言説を受け入れてくれず、多くの人が正反対の海の方向に走り出して行くとしたら、あなたは一体どうしたらよいでしょうか。

 カリスマイズムに拠るのでもなく、暗示による他者操作でもなく、ただただ虚心に訴えて彼らの心を掴む術があれば、木山は本当にそれを知りたく思います。



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