= つくつく法師だより =

          シリーズ№32



【 H23早稲田・文学部古文問題における
                   木山方式の検証 】



 教育的営為(えいい)の自由化・市場化というと、何だか難しいことのように聞こえますが、要するに、たとえば予備校などで学生が代価を払って自由に講座を選んだり、好きな先生の講義を受けるといった行為が、まさにそれに当たるわけです。

 その前提には、民主化とは民の声に従うことであるから、民が好きなものを選ぶ市場化はいいことだという考え方があります。これを教育的営為に置き換えれば、学生が好きなものを選ぶ教育の市場化は、民主的でいいことだという考え方になります。

 しかしながら、教育的営為がそのような市場主義、言いかえれば市場原理による顧客第一主義の考え方に拠(よ)ることの是非は、当の顧客の利益という観点からも、慎重に吟味されなければなりません。

 たとえば、市場に出回る商品の中で何を選ぶのかという状況と、選挙の立候補者の中で誰に投票するかという状況は、共にポピュリズム的「衆愚化(しゅうぐか)」が起こりやすいという点で似ています。

 政治的動員を考えれば、政治家はどうしても政治的ポピュリズムに走りますし、何が正しいかではなく、何をすれば人気が出るかと考えがちで、それが大衆迎合的で、「合意主義」的な改革につながってしまうわけですが、そのツケは結局のところ、民の側にまわされてくるわけです。

 ベルギー生まれの政治哲学者でシャンタル・ムフという学者が、民主主義の最大の誤用は、「合意主義」であり、「合意主義」のもとでは、社会が
ダメな状態のまま停滞してしまうと論じていますが、何となくわかる気がしてしまう昨今の日本の政治状況です。

 ところで、教育的営為も、また「民の声=学生の声をそのまま真と見なしてはならない」というラディカルデモクラシー的な考え方が、まさに試される場ではないかと木山は思うのです。

 社会学の用語の中に、「集団化極性化現象」というのがあって、簡単に言いかえれば、皆で話し合い、合意しあって得た結論ほど、意見が極端な方向に流れやすいという現象を指していう言葉です。

 というのも、集団化することによって、自分たちに不利な情報を無視したり、割り引いて受け取ったり、見かけ上の満場一致(集団化の規模に対する信頼)によって、自分たちの判断は正しいという過剰な自信を持ちやすくなり、たとえ危険なリスクであっても、それをあえて選択してしまうといった傾向があるのだそうです。

 あの有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を著した社会学者・経済学者のマックス・ウエーバー(1864~1920)も、「不完全な市民社会」という視点を踏まえた論議の中で、「皆で決めたことは間違う。とりわけ非常時には皆で決めたことに従う政治家はダメな政治家である」といった意味のことを言っています。

 それは、つまり非常時において皆で決めたこと、典型的には市民社会の民主的な決議プロセスを経た法的なものに従っていくと、政治共同体が沈没するかもしれない場合には、皆で決めたことに逆らってでも政治共同体の運命を切り開かなければならない、失敗すればもちろん、たとえ成功しても市民の法に逆らった咎(とが)を受けて、血祭りに挙げられるであろうことを覚悟の上で、ときにはそうしなければならないといった主張で、これが彼のいう政治責任論です。

 この考え方は、民主的合意性に還元できない構えを推奨するといった点では、あたかも危険な右翼思想の真髄のようではありますが、その行為の裏側にしっかりとした社会的共生的合理性・説得性を持っていれば、国家の非常時においては、やはり政治的に正しい態度ではないかと木山は思います。

 たとえば、リベラリズムの極地のような極めて民主的な第一次大戦後のドイツ・ワイマール憲法下で、なぜヒットラーのナチス党が躍進を遂げたのか、大衆民主政治の負の側面として記憶されるべきです。

 教育の市場化、市場原理主義にも、やはりポピュリズム的衆愚化の危険性は常にあります。教育的営為の享受者の側を主体とした民主的な運営――それはとりもなおさず教育の市場原理主義化なのですけれども――それにまかせていれば万事うまくいくとは、必ずしもいえません。

 松下電機の創業者で松下政経塾の創設者でもある松下幸之助といえば著名な人物ですが(その松下政経塾の第一期生が今回新しい首相となった野田佳彦氏です)、その松下幸之助氏が語録の中で「客の好むものを売るな。客のためになるものを売れ」という格言を残しているそうです。「好むもの」と「ためになるもの」が違っているという視点はおもしろいと思います。そこに含蓄された経済経営上の倫理的モラルが、教育的営為の倫理的モラルとしても強く求められる現状があるように思えてなりません。

ポピュリズム的な思考停止状態に陥らないために、私たちに必要な態度は、万人に開かれた異議申し立てと、そこでの実証的・検証的な論議(debate)の積み重ね、またはその論議(debate)に対し、情動的にではなく、理知的に感応する人々の心のあり方だと思います。





【 H23早稲田文学部・古文問題の分析 】


 出典は王朝物語『浜松中納言物語』巻四の一節で、吉野に隠棲した姫君とその母尼君を訪ねた中納言が、尼君の死後、都に戻ろうとするといった場面でした。
中納言は亡くなった尼君の喪があければ都に帰らなければならない。しかし姫君を見捨てることもできず、都で姫君の住むところを準備してから迎えに来ようと思う。だが、その間しっかりとした女房がいない姫君のことが心配なので、中将の乳母の妹が、上野(こうずけ)の国の国守であった夫に捨てられ、母と娘で中将の乳母のもとで暮らしていることを思い出し、その人柄を見込んで、詳しい事情も知らせず、手紙で吉野に来てくれるよう招く。

中納言は姫君に、自分の留守中の付き添いとして、その母と娘を招いたことを語り、親しんでくれるように頼むが、姫君は恥ずかしそうに泣くばかり。中納言はうちとけない姫君を残念に思いながらも、もっともだと思い、自分の心のうちを語っていると、その招いた母と娘が吉野に到着するといった内容でした。

(中納言は)「京に出でなむ」とおぼすに、「この姫君を ( A ) 見捨てむ。
はかばかしく、いささか物おぼえたる人もなかめり。いみじきこころざし思ふと

も、雪降り積もりたる山道を、さのみ立ち返り、え渡るまじう、分け歩かじを、

親の御かげにてのみこそは、おのづから過ごし給ひけめ、今は片時も、( B

 ) あととめ給はじ」と、我もいみじう見捨てがたきに、

〔中略〕

(中納言は姫君に対して)「いと恨めしけれど、かくてのみ、え閉ぢこもりては

侍る ( C ) ば、出で侍りて、おはしますべき所など、さるべきやうにて、御

迎へにと思ひ侍る。あからさまのほどにも、いとかうかすかなる御ありさまを

、見捨てたてまつらむことの、いとわびしう、うしろめたう、おぼつかなう侍る

に思ひわずらひて、え避らぬものの侍るを、( D ) 立ち出で侍らむほどの、

身の代はりに添えたてまつらむとて、迎へにやり侍りにし。むすめなども見苦

しからで侍り。例ならぬ人などおぼし隔てで、なつかしうおぼしつかせ給へ」

と聞こえ給ふ。


 まず、空欄Aは、文脈上反語となり、「
どうしてこの姫君を見捨てることなどできようか」となるであろうことは、ほとんど反射的に推察できると思います。公式32③で何度も当てて暗記したように、「どうして~だろうか、いや、~ない」の意となる疑問副詞は、「いかで/いかでか」のいずれかなので、選択肢をチェックする以前に、すでにこの二語がさっと脳裏に浮かぶようでなければなりません。
 空欄Bは、公式39下段にあるように、「じ」と呼応する呼応の副詞は「よに/よも」の二語しかありませんから、簡単に即答できます。

 ちなみに設問は、

問十六 空欄A・B・Dに入る適当な語を選べ。

イ あからさまに  ロ いかでか  ハ いよいよ  ニ よも

 Aの答はロ。Bの答はニです。

 空欄のDに入るのは、残ったイ「あからさまに」か、ハの「いよいよ」ですが、文脈上、〝私が先に京に参りまして、姫君のいらっしゃる所など「さるべき」(D連23②=それ相応な・適当な)状態にしてお迎えに参ります。その間の「あからさまのほど」(C形動1=ついちょっとの間)も姫君をお見捨て申し上げることがたいそう「わびしう」(C形85=やりきれずに)、「うしろめたう」(B形19=気がかりで・心配で)思いわずらっております〟という文意からも、「(私=中納言が) 〔 D 〕 に立ち出でます間の身代わりとして姫君に添え申し上げようと~」という文意中の空欄Dに、「あからさまに」(ついちょっと)が入ることは明白だと思います。

 よって、Dの答はイ。

問二十一 次の中から本文の内容に合致するものを三つ選べ。

 イ 中納言は、
姫君に仕えるものたちの心もとなさを見るにつけ、姫君を都にともない、世話をしなければならないと思った。
(他の選択肢は省略)

 これは右にあげた本文の2行目「はかばかしく、いささか物おぼえたる人もなかめり」以下の文章の解釈を問うものだと考えられます。
 というのも、「はかばかし」(C形63)の訳は「しっかりしている」ですから、「姫君にはしっかりとして、ものの分別ある女房もいない
ようだ」(公式16黒いハートマーク~かめり)と読めますから、選択肢イの「姫君に仕えるものたちの心もとなさ」という部分と整合します。

 また、以下の文章は、〝「いみじき」(B形17=たいそう)「こころざし」(A名21=男女の愛情)を私が姫君に思ったとしても、雪が降り積もった山道を、そのようにばかり立ちもどり、「渡る」(B形63=行く)ことなどはできないだろう。これまでは親の「かげ」(A名14②=恩恵・おかげ)で、自然とお過ごしになっていたのだろうが(公式33①逆接強調)、尼君がお亡くなりになった今となっては、片時も決してあとをとどめなさることはないだろう〟と読めて、さらにその後で、姫君に「都でのおはしどころ」を用意するといった展開とも重ね合わせ、選択肢イの内容は合致すると判断することができます。

問十七 傍線部1「おはしどころなど、さるべきやうにて、迎えに来め」の内容として適当なものを選べ。

イ 姫君はこれまで住んでいた所を立ち去らなくてはならないのだから迎えに来よう。
ロ 姫君がこれまで住んでいた所をきちんと片付けてから迎えに来るのがよい。
ハ 姫君がこれから住む所の準備がきちんとできたから迎えに来たのだろう。
ニ 姫君がこれから住む所の準備がきちんとできたら迎えに来るだろう。
ホ 姫君がこれから住む所の準備がきちんとできたら迎えに来よう。

 「さるべき」(D連23②=それ相応な・適当な)の意を含んで、「それ相応な
適当な状態にしてから迎えに来よう」といった大意に合致する選択肢は一つし
かありませんから簡単です。
 答はどれでしょうか?

問二十 空欄Cには助動詞一語が入る。最も適当な語を、ふさわしく活用させ
て記せ。

 これはいかにも早稲田入試らしい妙味のある(?)問題です。というのも、早
稲田の古文問題は、本文のプロットが理解できなくても、〝箇所で解ける〟割合が高いという特徴があります。早稲田合格への第一歩は、まずこの手の設問を絶対に落とさず、確実にベーシックな得点を確保していくことだと思います。

 さて、空欄Cの直前は、ラ変動詞の連体形の「侍る」ですから、接続上、二
つの系列が考えられます。一つは本来の連体形接続の助動詞、もう一つは本来の終止形接続の助動詞が、
上にラ変型がくることで連体形接続に変るという場合です。(公式21終止形接続の助動詞の欄を参照)

 かつ、それぞれの助動詞の中で、空欄Cに入るのは、文脈上、打消しの意を有するものでなければなりません。なぜならば、空欄Cの直前の「え閉ぢこもりては侍る」の「え」は、公式34にあるように、下に打消しを伴う呼応の副詞ですから、空欄Cに入るのは終止形接続か、または連体形接続の助動詞で、かつ打消しの意を有するもの、さらに文脈上「いつまでも閉じこもっておりますことはできません
ので」の意ですから、確定条件となり(公式30)、「已然形+ば」の形になるはずです。

 さて、答はどうなるでしょうか?自力で答を考えてみて下さい。(自力で正答を得られない人は、あやしげな読解法にとらわれるよりも、もっと地道に木山方式の文法チェックをしっかりとくり返して下さい。その方が得点アップに寄与します!)

問十七 傍線部6「うしろめたきことはよに聞こえじ」の内容として、最も手適当なものを選べ。(注・紹介した原文にはなし)

イ 心やましく思っていることを世間に言いふらさないでほしい。
ロ 気がかりに思っていることを世間の人たちは知らないはずだ。
ハ 気がかりに思っていることを世間に言いふらしたりはしない。
ニ 決して心やましいようなことを打ち明けるわけではない。
ホ 決して心配するようなことを依頼するわけではない。

 まず、重要古文単語である「うしろめたし」(B形19=気がかりだ・心配だ)が、決して現代語のように〝
心のやましさによって気がひける〟の意ではないことは、直単チェックの際に常々くり返しくり返し注意してきたとおりです。したがって、「心やましい」という表現を含む選択肢イとニは、すぐに落とせます。

 「うしろめたし」の本義に近いものは、ロかハかニの「気がかりに/心配するような」ですが、公式39「よに~じ」の訳し方は「決して(よもや、まさか)~ない(だろう)」ですから、これだけでも答はホであることがわかります。
ロとハには「よも~じ」にあたる訳出がありませんし、ロの文末の「~はずだ」は、一般に公式10「べし」の当然の意訳として用いられるという点でもおかしいとわかるはずです。


中将の乳母の妹の、上野(こうずけ)の国の守の具(妻)にてありけるが、国のことどもなどもし乱れて、つゆの残りもなく、わろびたる世をありわずらひて、さるべく頼もしかるべきよすが求めて、かきうつろひ、名残なく忘れにたるを、思ひなげき、3いかならむ見えぬ山路もがなと、泣く泣く十七八ばかりなる娘の、いとをかしげなるを身に添えて、かの中将の乳母のかげに隠れて過ぐるを、

問十九
 傍線部3がふまえている和歌として最も適当なものを選べ。

イ 世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ
ロ ここにても袖濡らせとや世の憂き目見えぬ山路の猶しぐるらむ
ハ 世の憂き目見えぬ山路の奥までも猶悲しきは秋の夕暮れ
ニ 涙にも何曇るらむ世の憂き目見えぬ山路の秋の夜の月

 一見難しそうな問題です。しかし、これも
ある直単の存在とその意味用法に気付けば、解法が見えてきます。
 まず、文意をざっと追ってみますと、〝中将の乳母の妹で、上野(こうずけ)の国の国守の妻であった者が、国の乱れやなにやかにやによって、最終的に思い嘆き → 傍線3「いかならむ見えぬ山路もがな」(いかなることも見えない山路があればなあ。→公式37⑤「もがな」の訳参照)と嘆いている〟といった文意は何となくわかります。

 ところで、公式37⑤「もがな」という願望の終助詞は、英語の〝I WISH~〟と同様に、
実現不可能な願望を表わすという知識は、授業中にもよくふれたポイントだと思います。

 つまり、「~もがな」と誰かが嘆息する場合、「~が(~で)あればなあ」の意の裏側には、しかし現実にはそれはできないのだ、といった含意があるわけです。この場合もそうだと考えて、「見えぬ山路」があればなあとは何を望んでいるのでしょうか。こうした古典の背景知識に関わる発想法については、木山の〝古文背景知識№2 出家・遁世・隠者〟をよく読んで下さいというしかありません。

 俗世を離れた奥深い山の中に分け入って、小さな庵(いおり)などに暮らす隠者・隠遁者・世捨て人のイメージが、人生上の嘆きの果てに〝見えぬ山路もがな〟と嘆息する文脈に重ねられるかどうかが解法のカギです。

 ところで、世を捨てたい(=出家したい)と嘆くこの女性は、「~もがな」の働きから考えても、しかし現実にはそれができないわけです。

 それはなぜでしょうか?直後の文には「泣く泣く十七八ばかりなるむすめの、いとをかしげなるを身に添へて」とありますから、おそらくは娘の身の上・行く末を心配して、娘を一人俗世に残したまま自分だけが出家するわけにもいかない、といった状況が見てとれます。

 木山の
古文背景知識№2にも、「出家する際、もっとも気がかりなのは肉親(娘の姫君や息子の公達)の行く末の見通しであって、〔中略〕その見通しがつかないと、そのことが気がかりで出家もままならない、といった状況に陥ります。これを○○○といいますが、こうした○○○概念が基本になっている王朝物語の一場面は多いものです。登場人物が出家をためらっているような場合、何が○○○となっているのか、特に肉親との関係にそって読み解いて下さい」とあって、ここまでくれば直単の暗記が8割がた出来上がっている人には、すでに選択肢の答がピンときているはずです。

 問十九の答としてどの和歌がこの状況の女性の立場に最も即したものであるか、考えてみて下さい。

問二十一 次の中から本文の内容に合致するものを三つ選べ。

ロ 中将の乳母の妹の夫であった上野の国守は、乱脈な政治を行った後、頼るべき相手を求めて、中将の乳母の妹を見捨てた。
(他の選択肢は省略)

 これも、中将の乳母の妹で、上野の守の妻であった女性にまつわる記述の正否を問う問題です。本文中の「さるべく頼もしかるべきよすが求めて」の「よすが」は「A名55=頼りとするもの」ですから、合致しているようにも見えますが、その主語が上野の国守の妻でなく、上野の国守自身になっているところがちょっと引っかかってしまいます。
 また、その上野の国守が、中将の乳母の妹である妻を見捨てたという部分も、本文の記述のどの部分と照合させればよいのか、判然としません。

 とにかく、もう一度本文の「国のことどもなどし乱れて、つゆの残りもなく、わろびたる世をありわずらひて、さるべく頼もしかるべきよすが求めて、かき
うつろひ、名残なく忘れにたるを、思ひなげき」の部分を、しっかり読み込んだ上で判断を下してみてください。

 ヒントはやはり単語力です。「かきうつろひ」の「うつろひ」の直単上の意味を思い出してみて下さい。そうすれば選択肢ロの内容が整合するか否かがわかるはずです。

 ちなみに、王朝物語に登場する夫と妻の関係性については、木山の
背景知識№3「王朝ものの求愛と結婚」の後半部分にヒントになる記述があります。
 さて、選択肢ロは正解となるでしょうか?それとも不正解でしょうか?

問二十二 『浜松中納言物語』の作者は『更級日記』の作者と同じ人物とする説が有力であるが、これが正しいとした場合、『浜松中納言物語』より前に成立した作品を次の中から三つ選べ。

イ 十六夜日記   ロ 蜻蛉日記  ハ 源氏物語
ニ 古今和歌集   ホ 徒然草   ヘ 平家物語

 王朝作り物語の『浜松中納言物語』と『夜半の寝覚め』の作者が、『更級日記』の作者である菅原孝標(たかすゑ)の女(むすめ)と目(もく)されているという事実が、文学史年表上に反映されている資料が、木山のカナブン以外に存在するのならば、どうぞ教えて下さい。

 また、講習会などで、一人一人にあてて文学史の対策を施す授業を、木山以外でやっている代ゼミ講師がいたとしたら、それも教えて下さい。認識を改めます。木山の見聞する限りでは、たとえ早大対策とパンフに謳(うた)う講座でさえ、十全な文学史対策はなされていませんし、資料も不完全なものです。

 以上、木山方式に精通した学生があげうる得点は、

〔15問中12問!〕

となり、約80%程度の得点寄与率となります。

 一方、去年の2010年度の代ゼミ「早大古文」1学期・2学期の合計23題の過去問中、このH23早稲田文学部の古文問題に直接ダイレクトに得点寄与したと見られる箇所は、次の5か所となります。

①1学期第6回の本文中に、「はかばかしき人」(P27・7行目)と出ている。
 *設問化されているわけではない。

②1学期第6回、問十二に「いかで人ほめさせじ」の解釈問題があり、「いかで」の反語の用法を説明された可能性がある。(ただし、この本文の場合は、反語の用法ではない。)

③1学期第9回の本文中に、「よもあらじ」(P42・13行目)と出ている。
 *設問化されているわけではない。

④2学期第8回の本文中に、「うしろめたきけしき」(P44・17行目)と出ている。
 *設問化されているわけではない。

⑤2学期第9回の本文中に、「ほだしさへ振り捨てがたく」(P51・14行目)と出ており、かつ問七で問題化されている。

 かりに1・2学期の10ヶ月間で、1回しか出て来ず、しかも設問化されていなかった本文中の単語「はかばかし」「よもあらじ」「うしろめたし」を、翌年2月の早稲田の本番までしっかり覚えていたと仮定し、また、「ほだし」が仏道の妨げの意であり、その対象は多く肉親をさすというポイントを、担当の講師からしっかりと教えられていたと仮定しても、去年の23題の1・2学期の単元的授業が、H23年の早稲田文学部の古文問題に直接ダイレクトに得点寄与する割合は、

〔15問中5問〕


であり、約30%程度の寄与率でしかありません。

 90分で1~2題の過去問演習をくり返すのみの単元的な対策法と、単語・文法などの全網羅的な知識の習得を毎回くり返す木山方式との、その効果の差は明らかなのではないでしょうか。

「早稲田の古文ならば○○先生がいい」とか、「いや○○方法論の方が上だ」とか、皮相で周縁的な情報にいかに盛り上がっていたとしても、必要とされる知識そのものがテキストに出てこないのであれば、それも無意味なことではないでしょうか?!

 二年前のある学生は、得点開示の結果、不合格であった早稲田の政経学部に、総合得点であと5点届かなかったことを知りました(結果、早稲田の教育学部に進学しました)。遠い将来のことも考えれば、ある意味で人生がかかっているとも言える受験は、まさに〝非常時の営為〟であり、しかも、時間は限られています。1点、1問でも有利な方法論を拠(と)るべきです。


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