= 桜だより ・ 新学期を前にして
                
                シリーズ№35 =


【 プラグマティズム・功利主義・検証性 】



 信念とは、人々が世界を意味づけながら生きていくうえでの「道具」に過ぎず、その絶対性や真正性を問うことは不毛であり、信念の意味や真正性は、
それを行動に移した結果の有効性いかんによって明らかにされるという考え方があります。

 二十世紀前半のアメリカを代表する知識人ジョン・デューイ(John Dewy 1859~1952)が提唱したプラグマティズムの哲学がそれです。それは信念の無謬(むびゅう)性を伝統的に追い求めてきたヨーロッパ流の形而上学(メタフィジックス)とは、まったく一線を画す、いかにもアメリカ的な思想であるといえます。

 このブラグマティズムは、アメリカの教育・民主主義・自由・正義・寛容をめぐる解釈に大きな影響を与えてきました。また、アメリカ流の産業発展やライフスタイルを下支えする思想でもありました。

 たとえば、デューイはその初期の論文の中でこんなことを言っています。
「たとえ人間ならざる権威が我々に何かを言うとしても、言われたことが真であるかどうかがわかる唯一の方法は、それが我々の望むような生活を与えてくれるかどうかを調べてみることだ。(中略)その唯一の方法とは、提案されたものが信念であるかぎりにおいて『善いもの』と判明するかどうかを功利主義的にためすことである。」とあって、つまり一つの世界観や価値観や社会的選択の基準といったものは、――アメリカの場合、これらはとくに宗教とか宗派の対立、または保守かリベラルかといった形で影響を及ぼすことが多いのですが、――それ自体が根源的な意味において真であるか否かといった問いかけをすること自体意味をなさないというわけです。

 その真正性は、その世界観や価値観や選択の基準の中で、実際に生きてみて、日常生活の中でそれらを使い、それらが我々個人や家族をより幸福にするかどうかを調べる、という仕方で試すことによって初めて明らかにされるとデューイは主張します。

 現代のプラグマティストであったリチャード・ローティー(1931~2007)も、その著書「文化政治としての哲学」の中で、こんなことを言っています。
「真実であるというのは、物事や信念がうまくいき、採算がとれ、役に立つとわかり、そのために容認された社会的実践の中に組み込まれたとき、それらに対して我々がかける褒(ほ)め言葉であって、これらの実践が相争うとき、根源的な真理性がどちらの側に与(くみ)するか、と問うても無駄である。」といっています。

 デューイの認識論によれば、すべての観念は自然環境や社会に対する働きかけの実験的計画のようなものであり、それに基づく行動の有効性によってのみ、その真偽が検証されるというわけですから、それは伝統的なヨーロッパの哲学――たとえ現実がどうであれ、超越したすべてを支配する枠組みへの上昇という普遍主義的メタファーへの希求とは、まったく逆向きのベクトルといえるわけです。

 木山はこれまで見聞してきたアメリカの文化の中に、そうしたプラグマティズム的な、観念の無謬性に固執しない自由さや、または新たに正しいと認知したことに対しては素朴といえるほどに正直であり忠実であろうとする人々の態度を見いだしてハッとすることが度々ありました。

 それはどちらかといえば、観念の無謬性をひたすら墨守(ぼくしゅ)することの方が〝真摯(しんし)さ〟であると受け取りがちな日本人のメンタリティーとは、何か逆のものだと感じました。
 
 新学期を前にして、木山が学生に言いたいことは、右に述べたように意味で「プラグマティズム的であれ、結果の有効性を検証せよ」ということです。
というのも、デューイの提唱したプラグマティズムの定義を受験対策上に置き換えてみると、こんなふうになります。

 
「受験対策の価値と有効性は、それを実際の行動に移した結果の有効性いかん、つまり本番の入試や模試の結果において、どれほど有効性があったかによって明らかにされる。」

 したがって、そこから帰納的に得られた知見や方法論が、たとえどれほど通常の常識や理念からかけ離れたものであれ、結果の有効性が証明されるのであれば、それを真として認めようという立場です。

 ちなみに、実際の入試において「効果あり」する基準は、木山方式の古典対策の場合、以下の四項目です。

①模試や本番入試の問題の解法に、直接ダイレクトにつながる語彙や知識や方法論や資料を、教師は的確に教えているか。

②それがしっかりと学生に理解されるほどの真迫力と
くり返しのもとでなされているか。

③ねらわれる語彙や文法や文学史や古典常識の
全体を網羅しようとしているか。

④それらを具体的に実証できる
資料が存在するか。(資料的に実証できないものは「効果あり」としないということ)

 このことは、裏を返せば、単元的な90分1題~2題の個別な過去問演習に
おいて、たとえどれほど学生を唸らせるような絶妙な解法を披瀝(ひれき)した
としても、それが次に受ける模試や本番入試にダイレクトに出題されないのであれば、効果としてはゼロ評価である、というのが、木山方式のプラグマティズムの哲学です。



 たとえば、今年、
H24の早稲田大学・人間科学部の漢文問題に、次のような設問がありました。
○ 及 ンデ
李 夫 人卒(しゅつ)スルニ 、上(しょう) 以 后 礼
  葬
 レ

(注) 上……武皇帝をさす。

問十八(1) 傍線部「焉」に最も近い意味を持つ文字はどれか。次のイ~ホの中から一つ選べ。

イ 之   ロ 悪   ハ 終   ニ 乎   ホ 故

 去年の一年間、木山の漢文公式をくり返しくり返し当てられ、暗記をしてきた学生にとっては、一瞬で解ける、単なる知識上の問題です。
 これを読む皆さんは、現時点でこの問題が解けるかどうか、試してみて下さい。答は末尾にあります。(率=漢単C32②/焉=漢単D46参照)

 ところで、去年のH23年度の1・2学期の「センター私大漢文」のテキストの大問、計23題中に、この文末の「焉」からレ点で上へ返る用法が、設問化されているか否かに関わらず、とにかく本文中に一度でも出てきて、説明の機会があったかといえば、実はまったく一度も出てきません。
 また、テキスト末尾に載せられた、かなりページ数をとった漢文資料の中にも、「焉」が
文末にきてレ点で上の述部に返る用法の説明がはっきりと記されていません。


 ということは、単元的な大問演習の形でテキストのみで受験の10ヵ月を過ごした学生にとっては、この用法についてはまったく知らないか、またはどこかで知っていても、しっかりと知識を定着・応用させるためのくり返しの訓練をまったく受けずに本番にのぞんだということになります。

 木山がこれまでのお便りの中で何度もくり返しくり返し同じことを主張し続けているのは、まさにこのような現象に対し、多くの学生が無頓着であることへの警鐘という一点に尽きます。

 つまり、こうした解法上の必要な知識がテキストに載せられていないのであれば、たとえどんなにその講義が学生をアッと言わせるような斬新な解法を披瀝するものであったとしても、または講師との親密度を充足させる大変楽しいものであったとしても、またはポジティブシンキングや希望や夢を与えてくれるものであったとしても、この当該問題の得点化にはまったく何も寄与しません。(木山がたった一つの問題を取り上げて、それを針小膨大に書き立てているのでないことは、これまでのお便りの中で載せてきた10数題の早稲田の過去問の分析によっても明らかであると思います。)

「早稲田の古文ならば○○先生がいい」とか「いや○○方法論の方が上だ」とか、皮相で周縁的な情報にいかに盛り上がっていたとしても、必要とされる知識そのものがテキストに出てこないのであれば、それも無意味なことではないでしょうか(?!)

 こうした受験におけるプラグマティズム的分析の欠如が、自身の合否をめぐる不利益にもつながるという事実が、なぜ大手予備校の集団的メンタリティーの中では認識されにくいのか、その点について木山はこれまでにもいくつかの原因についての考え方を示してきました。

 その一つが
お便りシリーズ№34【パーソナリティーの市場的構え】で分析したような、『人間のパーソナリティーを含めたものの価値が、モノそれ自体の価値によって決まるのではなく、より多く売れたかどうか、より多く受け入れられたかどうかという交換価値によって決まるという原則(中略)、つまり役に立つ商品を価値ありとするのではなく、売れている商品が結果として価値があるのだとする点で、価値判断のベクトルを逆向きにしてしまうエートス』が若者の間に深く浸透しているという点です。

 また、
お便りシリーズ№20【若者の村社会的ノリの文化と閉鎖的ウチラ意識】や、№29【まったりとした帰属意識による承認を得ることは受験の合否にも優先することか?】などで分析したような、『個人の周縁的情報を核としたサブカル的ノリによる小さな村(むら)社会=同調的なコミュニティにことさら身を置くことで、親密性への希求を満たそうとする若者の〝村社会的ノリの文化〟』といったものが、ときに排除の論理として、モノそのものの検証性を厳しく抑圧したり制限したりするという点も大きな原因の一つだと思います。

 いわゆる代ゼミのカリスマイズムとは無縁な、質実な校風であったがゆえに、また本部校の講師を域内に入れなかったがゆえに、一時期九州独立王国などと揶揄(やゆ)された九州地区の代ゼミから、この関東地区の代ゼミ本部校に移ってきて今年で九年になりますが、この九年間木山が言い続けてきたことは、煎じ詰めれば右の二点についての私の違和感です。

 代ゼミの大勢は――つまりカリスマロマン主義的傾向は、今後も変わらないのかもしれませんが、「小さき声」ながら、これからも木山方式の有効性と検証の重要性を主張していきたいと思っています。

 次に挙げるのは、今年H24年の早稲田大学、上智大学受験者からのメッセージです。彼らが去年の一年間木山方式の授業をどのように受け止めたか、また後輩へのアドバイスとしてどのようなものがあるのか、どうぞ参考にしてみて下さい。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

一年間本当にお世話になりました。実は自分は今年が二浪目の一年でした。一浪したときの入試で国語が特にボロボロで、早稲田もMARCHも全部落ちました。しかし、木山先生の授業で古文漢文の土台となる単語・文法を徹底的に鍛えることができたので、苦手だった古文漢文も安定するようになり、合格できたのだと思います。本当にありがとうございました。
               
〔 早稲田大学 政経・教育・商・社会科学 合格 〕

一年間本当にお世話になりました。浪人した当初は、自分は一年間勉強すれば何となく早稲田に行けるような気がしていましたが、木山先生の古文の授業を受けた初日、古文文法を何も知らない自分に気付き焦りました。しかし一年間先生の授業にすべて出席して当てられ続け、必要な知識の全部を暗記することができました。第一志望の学部ではありませんでしたが、今年の結果には充分に満足しています。ありがとうございました。先生のアドバイスどおり人科を受けておいて本当によかったです。
              〔 早稲田大学 人間科学部 人間環境学科 合格 〕

記憶力に自信があり、古典では基礎知識を重視していた僕にとって、木山方式に対しては絶対の信頼がありました。模試だけでなく入試の本番でも複数の的中があり、二次試験が近付くにつれて自信が深まりました。後輩へのアドバイスとしては、少しでも役立つと感じたら、途中で投げ出さずにぜひ続けてみて下さい。
        〔 早稲田大学 文学部 合格/東京大学 文科三類 合格 〕

現役と浪人の二年間お世話になりました。現役の年の受験では志望校は全部だめでしたが、今年一年浪人して、受験はセンターも二次も私大も非常にうまくいきました!法政大学、中央大学、早稲田大学(人科)、そして第一志望の横浜市立大学にもすべて合格できました。先生のおかげです。本当にありがとうございました。

お世話になりました。先生の授業を受けてほんとによかったです。後輩へのアドバイスとしては、「当てられるのはつらい」とか「この先生なんか嫌いだ」、そんな理由で木山方式の授業を〝切る〟人間が入試においてよい結果を出せると本当に思いますか?
         〔 早稲田大学 文化構想学部/上智大学 法学部 合格 〕

私は2学期から約半年間先生の早大クラスにお世話になりました。木山方式の授業を受けていたおかげで、本番には充分に自信を持ってのぞむことができました。本当にありがとうございました。
         〔 早稲田大学 社会科学部/法政大学 社会学部 合格 〕

古文漢文公式の知識といった安定した武器を持っていることは、精神的な面でも大きく作用しました。一度木山方式に足を踏み入れたのでしたら、最後まで木山先生にお付き合いした方がよいと思います。
〔 早稲田大学 文化構想学部/上智大学 外国語学部イスパニア語合格 〕

僕は現役時は古文や漢文の文脈の把握のみを重視していて、文法の勉強をほとんどしていませんでした。しかし木山方式を経験して「ほぼ即答できる」「安定して得点できる」というメリットを身にしみて感じました。木山先生の授業は厳しい面もありますが、非常に効率的に文法や単語を学べると思います。古文漢文は努力が必ず報われる分野だと思うので、頑張って続けてみて下さい。
         〔 早稲田大学 文学部・文化構想学部・人間科学部 合格 〕

精神的につらい授業でしたが、先生のおかげで古文の基礎を完璧にすることができました。ありがとうございました。
    〔 早稲田大学 人間科学部/青山学院大学 教育人間科学 合格 〕

私は夏期講習会から先生の授業を受け始め、古文の基礎力となる様々な知識を習得し、本番の入試ではおおいに役立ちました。先生を最後まで信じてついていってよかったです。
                    〔 上智大学 文学部フランス学科 合格 〕

早稲田の政経の古文漢文は15問中10問正解(67%)、商学部は17問中16 問正解(94%)、社学は13問中9問正解(69%)、の得点率でした。古文漢文は四月のスタート時点では考えられないほど得点できました。しかし他教科のこともあり現役の今年は合格に至らなかったので、早稲田の政経を目指してもう一年頑張りたいと思います。一年間ありがとうございました。
                                     〔 Yサピックス 現役生 〕

※ 問十八(1)の答はイ。