お便りシリーズNo.68

= H31年・2019年・東京大学古典だより(古文漢文) =




木山のホームページ  


 今年の東大古文の出典は俳文の『俳諧世説(はいかいせせつ)』。嵐説(らんせつ)という人物が妻の偏愛する猫をこっそり隠して、後で妻に露顕し咎められるが、周囲の取りなしで妻が謝罪し、夫婦円満に収まったというお話。
 文脈はいたって平易であり、東大合格者レベルでは大多数の人が正答に近い答案を書けたのではないかと推察しています。

一方、漢文は昨年にひき続き硬質な論説文が出題され「王権」と「士」のあり方を「学校」を媒介として論考するといった内容でした。『古文よりも漢文のほうに苦労した・・』という声が多く聞かれた点でも、古典の得点差(文科60点・理科40点分の得点差)は、漢文の出来不出来によって左右されたのではないか、といった印象を持ちました。

そこで、まず今年の漢文から先に解説を始めてみることにしましょう。昨年度実施した東大無料添削通信の2人の合格者(文Ⅱ・文Ⅲ どちらもほぼ合格者の平均点付近で合格しています)の再現答案を紹介しつつ、解説を進めていきます。



【東大漢文の分析】

○次の文章を読んで、後の設問に答えよ。[設問に関する傍線部以外は、書き下し文の形で載せています]

学校は士(し)を養ふ所以(ゆゑん)なり。然れども古(いにしへ)の聖王、其の意

a 僅 此 也。

必ず天下を治むるの具(ぐ)をして皆学校より出でしめ、而(しか)る後に学校を

設くるの意

始めて備はる。天子の是(ぜ)とする所未だ必ずしも是(ぜ)ならず、天子の非

(ひ)とする所未だ必ずしも非(ひ)ならず。天子も亦(ま)た遂に

b 敢 自 為 非 是

而(しか)して其(そ)の非是(ひぜ)を学校に公(おおやけ)とす。是(こ)の故に

士(し)を養ふは学校の一事為(た)るも、

而 学 校 不 二  僅 為 レ   士 而 設  也。

三代以下、天下の是非(ぜひ)一(いつ)に朝庭より出づ。天子之を栄とすれば則

ち群(ぐん)趨(はし)りて以て是(ぜ)と為(な)し、天子之を辱とすれば群(ぐん)

擿(なげう)ちて以て非(ひ)と為(な)す。

而(しか)して其(そ)の所謂(いはゆる)学校なる者は、科挙もて囂争(がうそう)

し、富貴もて勳心(くんしん)す。亦た遂に

c 朝 廷 之 勢 利 --本領

而(しか)して士(し)の才能学術有る者、且(か)つ往々にして自ら d 草 野 之 間

に抜きんで、学校に於いて初めより e なり。究竟(きうきやう)士を養

ふの一事も f 亦 失 之 矣

[注]

○三代以下――夏・殷・周という理想の治世が終わった後の時代。

○囂争――騒ぎ争う。

○勳心――心をこがす。


            (黄宗義『明夷待訪録』による)


【全文訳】

 学校は士(し)[士=(儒教などの)徳学を収めた立派な男子/漢単B20]を養成するための手段・方法となるものである。[所以(ゆゑん)=手段・方法/2018年度公式補充版
 しかしながら、いにしえの聖王の(学校設置の)意図は、僅(わず)かにこれのみではないのである。(=官吏養成だけが目的なのではないのである)

 必ず、天下を治める具(=手立て)が皆すべて学校(における公論)から出るようにさせ、そうして後に、はじめて学校を設ける意図が備わるのである。(=その意図が満たされるのである)

 天子(=皇帝)が是(ぜ)[正しいこと/漢単48]とするところが、未だ必ずしも正しいとは限らないし、天子が非(ひ)[非…正しくないこと/漢単B48左外]とするところが未だ必ずしも正しくないとは限らない。

 天子もまたついに自ら進んで是非を判断せず、そうして、その是非(の判断)を学校における公論に委ねる。このようなわけで、(儒教などの)徳学を修めた立派な男子という人材の養成は学校の役割の一つであるが、学校は僅(わず)かに士の人材養成を為(な)そうとして設けられたのみではないのである。

【問題文中の白文の読みは、『学校は僅(わず)かに士を養ふを為(な)さんとして設(まう)くるのみならざるなり。』または、『学校は僅(わず)かに士を養ふ為(ため)のみにして設(まう)けざるなり。』でもOK】

 夏・殷・周という理想の治世が終わった後の時代(注あり)以降は、天下の是非(の判断)がもっぱら[一(いつ)二...もっぱら・ひとえに/公式1①]朝廷から出るようになった。天子がこれを栄誉とすれば、すなわち群臣は走り出てこれを是(正しいこと)とし、天子がこれを辱(はぢ=恥ぢ)となせば、群臣はこれを投げ捨ててこれを非(=正しくないこと)とする。

 そのようにして、そのいわゆる学校なるものは、(官吏登用試験である)科挙のために騒ぎ争い。富貴に心を焦がす(ためのものとなってしまった)。

 そういうわけで、徳学を修めた立派な男子である士(し)の中でも才能や学術がある者は、往々にして官職ではない民間[在野...官職につかず民間にいること/漢単B15]から抜きん出るようになり、学校においては初めから関わる[与(あづか)ル...関わる/漢単A8]ことが無くなったのである。
(=つまり、学校とは関係のない民間の中から優れた人材が輩出するようになったの意)

 こうして結局のところ、学校は(是非の判断だけでなく)優れた官吏の養成という役割も亦(ま)た同様に失ってしまったのである。[亦(ま)タ...同類の事物の列挙/漢単D11





──背景知識を予め知っていることの優位性──

 全文の内容は、儒教における「士」(=儒教などの徳学を修めた立派な男子)と「王権」のあり方を「学校」を媒介として論じるものです。

まず、学校は士を養う養成機関であると規定した上で、学校の本来のあり方は、⑴天下の是非を決めること、また、⑵有能な人材を育成することにあるのに、現在ではその二つの機能がともに失われてしまったといった論旨でした。

 ところで、木山方式の東大受験者の感想として、『漢文は確かに難しかったが、話の内容は典型的で把握しやすかった。多少わからない箇所も、類話のパターンとして推察できた』というのがありました。

 実は、木山方式の資料には、この中国古代の「王権」と「士」のあり方を儒教がどのようにとらえているのか、解説した資料があります。(毎年、年間で5~6回程度暗記チェックを実施しています)
 以下に、その漢文背景知識No.1『儒教・天命・諫言』の抜粋記事を紹介しましょう。





《 漢文背景知識 № 1 》

 さて、古代の聖天子として重要なのは、漢単A面にも載っている「尭(ぎょう)」と「舜(しゅん)」です。尭は王となり政治を機能させ、立派な政治を行い、人々を文明状態に引き上げました。その尭が歳をとって死にそうになると、自分の子ではなく、舜という臣下を後継者に指名しました。このように、自分の子ではなく、能力主義で王位を譲ることを『禅譲(ぜんじょう)』と言います。

 その舜も歳をとって死にそうになると、禹(う)という優秀な部下に王位を譲ります。つまり、禅譲が二代続いたわけです。その後、禹が死にそうになると、禹の息子が王の位を継ぎました。このように
王の子どもが王位を継ぐことを『世襲』と言います。これによって夏(か)王朝が開かれ、以後代々、中国の王朝は世襲制となりました。
つまり、儒教は禅譲を理想としつつも、現実には君主(王や皇帝)の位は世襲されるのがよいとする考えです。

〔中略〕

 しかし、世襲の場合、世襲した王が必ずしも有能であるとは限りません。おバカな王が現れれば治世は乱れてしまいます。
 ではどうすればよいか?というと、君主の手足となって働く行政官僚が、主君と一体となって、つまり、トップリーダーとブレーンが一体となって有能ならばそれで良しとするのが儒教の考えです。

 そして、その有能な行政官僚を養成するのが儒教の役割というわけです。

 そう考えれば、例えば漢単B20』の定義が “ (儒教などの)徳学を修めた立派な男子 “ となっていることや、『士君子の賢なる者、或いは四方より来たり、或いは境内に居らば、宜しく礼待を加へて、以て吾が仁(じん)を輔(たす)けしむべし。』〈朱逢吉「牧民心鑑〉というように、君主が賢なる士を礼遇し臣下に加え、自身の仁政を補佐させるといった話の背景がよく理解できると思います。

 ただし、仁政を行う主体はあくまで君主です。士君子は基本的にそれを補佐する立場ですから、士の登用の決定権は君主にあります。ここから、有能な士を登用して用いることが、即ち賢明な君主のあるべき姿とする考え方が生じました。

〔中略〕

 ところで、儒教の大事な概念に『忠(ちゅう)』と『孝(こう)』の二つがあります。
『忠』とは、簡単に言えば、君主への忠誠と献身を意味する言葉です。『孝』は狭義には父母を敬い、よく仕えることですが、広義には親族内の年長者への服従・先祖崇拝も含まれます。

 ですから、士もまた儒教的『忠』の概念に従えば、君主の思惑どおりに忠実に動いていれば問題は無さそうですが、実はそうではありません。受験漢文でおなじみの ” 諫言(かんげん)もの ” をいくらかでも解いたことのある人ならすぐに理解できるはずです。

 漢単A14に載せられている『諫言(かんげん)』とは、臣下が主君に対して忠告し、いさめることです。『直諫(ちょっかん)』とは臣下が主君に対して遠慮なくその非を挙げて忠告し、いさめること、『諷諫(ふうかん)』は遠回しにほのめかすように忠告し、いさめることですが、こうした用語が使われる背景には、天子(=皇帝)や地方国家の君主の逆鱗に触れることを恐れず、率直に実直に国家のことを思って君主に抗言できる臣下こそが、真の忠臣であるとする考え方があります。

〔中略〕

 先ほど、中国の統治権力は血縁の正当性によって世襲されていくと書きましたが、儒教はその一方で、基底にあるローカルな農民血縁集団から政府の官僚機構によじ登るパイプを用意していました。農民のうちの上昇志向の強い有能な人間を官僚に加える制度が、あの有名な
『科挙』の制度です。

 つまり、血縁主義と能力主義を二元的に上手く組み合わせるのが儒教の統治戦略ですから、君主に登用された士はいわばエリート農民の代表として王の施政にコミットメントすることがもとより求められていたと言うこともできます。

 ところで、なぜ忠臣による諫言が王権の維持のためにそれほど重要なのかと言えば、儒教は
易姓革命(えきせいかくめい)を認めるからです。易姓革命とは、天子は天命(てんめい)を受けて天下を治めるが、もしその王朝の家(姓)に不徳のものが現れ出れば、別の有徳者が天命を受けて新たな王朝を開くことができるという考え方です。

 中国の天子(皇帝)にあたるのは、日本では天皇ですが、不徳な天皇が現れれば天皇制を廃して別な王朝を立てよといった発想は日本の歴史には一度も現れたことがありません。

 この点において中国の人々はまったく容赦がないように見えます。中国の歴史はいわば王朝の交代の歴史、革命の歴史です。このような革命を儒教は承認すると『孟子』という本にはっきりと書かれています。
ですから、国家安泰の根本は有能な士を人材として得ることにあり、それが出来なければ王権が滅びるという考えが徹底しているわけです。

 しかもその評価は、諫言を為す臣下の側にも、それを受け入れる君主の側にも、相互的な評価として描かれるのが常です。つまり、直諫を為す臣下を真の忠臣として称揚すると同時に、
臣下が遠慮することなく実直に諫言できる状態を許し、そのような真の忠臣を抱え持っていること自体が、賢明な君主であることの証であるといった具合に評されます。

《以上、漢文背景知識よりの抜粋》




 儒教は中国古代の歴代政権になぜ採用され続けたのか、といえば、それは儒教が統治の技術を提供するノウハウの塊であったからです。王権の血縁主義と民衆の能力主義を上手く組み合わせるのが儒教の統治戦略でした。儒教は、確かに一方では農民を支配されるものとして位置付けますが、その一方で、行政官僚は農民民衆の中からリクルートしなければならない、という強いドグマをもっていました。

そのリクルートする方法を制度化すれば、有名な「科挙」の制度になりますし、リクルートされたエリート農民が「王権」に対して持っているコミットメントを表現すれば『忠』の論理になります。

つまり、「王権」と対立する要素も含みながら、「王権」と一体となって政治をサポートしていく「士」(=有能な行政官僚)の存在が何よりも大切だという儒教の考え方が土台にあり、その「士」を養成(=官僚を養成)するのがまさに儒教の役割であるというわけです。


これを今年の東大漢文に重ねてみると、「学校」の役割とは、つまるところ、そのまま儒教の役割と言い換えることができます。その「学校」が、朝廷の王権の意向を忖度して迎合してしまっては「士」(=官僚)の本分を見失ってしまうという主張は、背景知識をもっている者にとっては、実に分かりやすい典型的な主張だと言えます。

 漢文背景知識のチェックを繰り返した昨年度の東大添削通信の2名の学生さんから、特にその点についてのコメントはありませんが、論説の趣旨にかかわる設問(二)(三)(四)については、両人ともほぼ正答に沿った答案が書けているので、(1名は上出来、1名は半分くらい)自覚しないまでも自然に知識を応用出来たのだろうと推察しています。


設問

(一) 傍線部 a・d ・e の意味を現代語で記せ。

a   僅 此の「僅」は、『僅(わず)カ二』と読みます。
行為や数量が、ある範囲に限られる意を表し、文末は「〜ノミ」で結びのがふつうです。

【例】劉 備 奔 走 僅 以身 免
《りゅうび ほんそうシ、わずかニみヲもっテまぬがルルノミ》
(劉備は逃げ出し、やっとのことで身体だけは免れることができた)

 「僅(わず)カニ」と読めただけでは正答は導けず、「僅カニ〜ノミナラ不(ず)」と、送りに「ノミ」を付けた上で「不」に返る発想がなければ、 '' 学校設置の目的は、士の養成だけにあるのではない ” という文脈に整合する訳は出てきません。

駿台・代ゼミ・東進→これだけではない
河合→人材を育成するだけではない
木山→わずかにこれだけではない

Aさん→わずかにこれと違う〔不正解〕
Bさん→ほとんどない〔不正解〕

 残念ながら、私の漢文公式の『限定・強調の句形』又は『累加形の句形』には、僅(わず)カニ〜ノミの句形は載せておらず、木山方式を忠実に演練したお二人にとっては正しい読み方が発想できなかったようです。
 この句形を予め載せていた漢文句形集があるのかどうか、手元の国語便覧数冊を覗いてみましたが、載っていません。市販の漢文参考書はどうか調べてみました。他のチェック項目と併せ、図表化したものを、漢文解説の最後に載せています。


d 草 野 之 間は、上の置き字「」の働きにより(公式10①B 動作の起点~ヨリ)『草野(そうや)の間(かん)より」と読み、二点の「抜(ぬ)キンデ」に返ります。
着眼すべきは「野の間より」の「野」の字義です。木山の漢単B15には『在野=官職につかず民間にいること』とあり、「野」が民間を意味することがわかります。4月からスタートされた添削通信の受講者の場合、翌年2月中旬までの7ヶ月間に9回の漢単チェックを実施しました。また、「在野」の意味は '' 民間にあること '' ですから、そのまま「在野」と答えても正答になります。事後的な説明ではなく、事前の対策としてしっかり対策化されていた点に注目して下さい。

河合・駿台→民間
東進→民間から
代ゼミ→在野
木山→民間から/在野から

Aさん→民間〔正解〕
Bさん→俗世〔減点の可能性あり〕

 世俗化の対義は神聖化ですから、「俗世」とは宗教的なものを離れた俗世間を表します。ここで論じられる「官職versus民間」の対立軸とは異なります。Bさんは「野=民間」を理解していたと思われますが、用語において、ややズレた答案となってしまいました。〔正答の「民間」との比較において、減点される可能性有り〕

 ちなみに、駿台の青本ではこの箇所の解説として『 漢文としての頻出語ではないので「野」を語彙から判断するのはやや難しい。』(p199)としており、それに続けて、文脈の整合性から「野=民間」の判断を導く工夫が述べられていますが、どうも、答えを知った上での後づけの誘導的論理といった感はまぬがれません。

 「在野」の意を問う設問は、すでに数年前の旧帝大系に見えていますから、頻出語ではないという理解は、単に対策上の認識不足を露呈していると言うべきです。


e は「無シ」に返る以上、副詞や助詞や前置詞では読みようがなく、本動詞で読めば、『与(あた)フル無シ・与(くみ)スル無シ・与(あづ)カル無し』漢単A8与→①②③のいずれかとなります。しかし、「与」を「与(あた)フ」でわざわざ設問化するとは考えにくく、「与(くみ)ス=味方する・仲間になる」か、「与(あづ)カル=関わる」の線で受験生は考えたはずです。
前後の文脈は、'' 民間から優れた人材が輩出するようになると、官の養成機関である「学校」には、はじめから優秀な人材が関わらなくなった '' と解釈できますから、「与(あづ)カル」に決まります。

河合・駿台→関わりを持たない
代ゼミ・東進→関係がない
木山→関わることがなくなった

Aさん→関わることがない〔正解〕
Bさん→関係がない〔正解〕

*ここは漢単暗記のおかげで、時間をかけずに完璧に書くことが出来ました。(Bさんのコメント)



(二) 「 敢 自 為 非 是 」(傍線部b)を平易な現代語に訳せ。

「不 敢 〜」は、「敢(あへ)テ 〜 ず」と読んで『みずから進んで〜しない、〜したりはしない』などと訳します(漢単A10) 。意訳として『無理に/しいて〜しない、〜したりはしない』でもOKです。

 「非是」は「是非」と同じ。意味は「是(ぜ)=正しいこと」「非(ひ)=正しくないこと」(B48)。善悪の意ではない点に注意して下さい。副詞「自」は、「みずかラ(自分で・自分から)」と読むか、「おのずかラ(自然に・ひとりでに)と読むかの二通りですが、無意識的自然発生的に是非の判断をなすとは読めないので、「自(みずか)ラ」に決まります。「為」は漢文公式9D②(物事を行うの意で)「為(な)す」(四段)。

 前後の文脈を押さえると、「天子の是とすることが必ずしも是とは限らないし、天子の非とすることが必ずしも非とは限らないのだから、天子もまた『みずから進んで(=自分一人で無理に)是非を判断せず』、是非の判断を「学校」における公論にまかせるのである』と読めますから、白文の正しい読みは、『敢(あへ)テ自(みずか)ラ非是(ひぜ)を為(な)さず』となります。

 「非是(ひぜ)を為(な)す」の訳出は、「正しいか正しくないかを判断する」と訳出するのが丁寧ですが、そのまま「是非を判断する/可否を判断する」などと書いても常識的には通じますから、正答となるはずです。

河合・木山(同趣旨)→自分から進んで正しいか正しくないかを判断しようとはせず
駿台・代ゼミ・東進(ほぼ同趣旨)→みずから政策の是非を判断しようとはしなかった

Aさん→皇帝は自ら進んで政策の可非を決めなかった(ほぼ正解)
Bさん→しいて自ら正しいこととそうでないことの判断をせず(正解)

*Aさんの答案、正しくは可非ではなく、可否です。



(三) 「 朝 廷 之 勢 利 --  本 領」(傍線部c)とはどういうことか、わかりやすく説明せよ。

 「朝廷の勢利を以て」の『勢利』は、「権勢と利益」。「其(そ)の本領を一変す」の『本領』とは、「本来の特質」「本質」「本分(果たすべき務め)」などの意で、具体的には第一段落で強調された「人材の養成」のみならぬ「政策の是非の判断」という働きを言っています。

傍線部の直訳は『朝廷の権勢と利益を原因理由として、学校の本来の本分(果たすべき務め)を一変させてしまった』ということになりますが、前半の『朝廷の権勢と利益を原因理由として』という部分をわかりやすく説明しなければなりません。

 傍線部の直前には、天下の是非がすべて朝廷から出るようになり、是も非も天子の意向に追従するだけになってしまうと、それにつれて「学校」も、出世や「富貴」を得るための手段としての「科挙」合格に騒ぎ合う場に成り下がってしまった、とありますから、この部分を要約的にまとめれば '' 朝廷の勢利 を以て '' のわかりやすい説明となるでしょう。
 模範答案としては、単に '' 学校の本分を一変させた '' などと書くより、何が学校の本分なのか分かるように書くのがベターだと思います。


河合・木山(ほぼ同趣旨)→朝廷の意向に左右され、是非の判断という学校本来の役割が損なわれたこと。
駿台・東進(ほぼ同趣旨)→朝廷の意向に合わせて、学校の本分を一変させているということ。
代ゼミ→学校が朝廷での権勢や利益を得るためのものに本質が変わったこと。

Aさん→朝廷の勢力や利益が学校の本来あるべき決定を変えてしまったということ。(ほぼ正解)
Bさん→朝廷の権威によって学校が士の育成の役割を失い、競争を目的とする場所に変わったということ。(減点の上で部分点か?)

*Bさんの答案は学校の本分として「人材の育成」を挙げていますが、ここでの筆者の主張は「是非の判断」という学校本来の役割が失われたことの方を問題視していますから、正しくは「学校が是非の判断の役割を失い」などと書くべきで、この点で減点されると思います。



(四) 「 亦 失 之 矣」(傍線部f )とあるが、なぜ「亦」と言っているのか、本文の趣旨を踏まえて説明せよ。

 『亦』は「亦(ま)タ」または「〜モ亦(ま)タ」と読み、漢単D11にあるように '' 同類の事物の列挙 ''の意を表します。「復タ」や「又タ」とは意味が異なります。木山方式では、年間で間を置きながら30回くらい一問一答を繰り返した単語です。
傍線部の直前から読み下せば、『究竟(きゅうきょう)士を養ふの一事も亦た之を失ふ。』となり、ここで『亦』の字義を理解している学生であれば、何かが二重に失われている状態であることは容易に推察できるはずです。

 つまり、解答の方向として[〜を失っただけでなく、《士を養ふの一事》もまた同様に失ってしまった]のような書き方になるはずです。

 2段落の前半では、「三代以下」(理想の治世が終わった後の時代)では、朝廷の意向により学校が「是非の判断」の役割を失ったことが述べられており、後半ではさらに、有能な士が初めから学校に関わらず民間から出るようになったことを踏まえて、本来の一義的な役割としての「人材育成」の機能までも学校は失ってしまった、と続きます。
つまり、「三代」以下の治世では「政策の是非決定」だけでなく、「人材育成」の役割まで失ってしまった、というわけです。


駿台・東進・木山(同趣旨)→朝廷の意向によって、学校は政策の是非決定の役割だけでなく、人材養成の役割まで失ってしまったから。
河合→学校が公正さをなくしたうえ、有能な人材が学校に行かず、人材育成の機能も果たせなくなったから。
代ゼミ→天下の是非が学校ではなく朝廷で決められるようになった上、有能な士も民間から出るようになったから。

Aさん→皇帝の政策決定を補佐する役目に加え、徳学を修めた立派な人物の育成という役割を学校は失ったから。(正解)
Bさん→古代でも学校は官吏育成が主な目的ではなかった上に、三代以降の時代においても官吏に必要な能力は学校以外で身につけているから。(不正解)

*後半の本文がしっかりと理解できなかったので、かなり的外れになってしまったかと思います。(Bさんのコメント)

──有用性について──

 有用なものとは、真偽の問いうるもの、まさしく実証的なもの、事実によって検証できるものだけであり、さらにその効果において時間的に間に合ったものだけに与えられる一種の「ほめ言葉」だ、と私は考えています。
 有用性は個別な要素によって支えられており、その細分化された個別な要素が、どのような密度で予前に備えられていたか、そのことだけが有用性の検証として問われるべきです。
 事後的に与えられた深い洞察や理解が、我々をいかに納得させたとしても、その時点での効果と有用性に間に合わなかったとしたら、すべては '' 後の祭り " でしかありません。

 たとえば、今回、東大漢文に出題された '' 有能な官僚としての「士」と「王権」の関係性 " を学ぶ機会が、東大の過去問の中にあったのか、つまり、東大の過去問演習は2019年東大漢文に『間に合う』結果をもたらしたのか、検証してみましょう。

 H26の東大漢文には、「臣下が君主に直諫できるのは、それを受ける君主が賢明な君主であることの証である」といった内容が出題されており、これが今回の問題に一番近い内容ですが、たとえ、H26の東大漢文を解いていたとしても、今回の問題への効果の程はかなり迂遠なものでしかありません。
 有能な行政官僚(=士)を養成するのが儒教の役割といった『人材育成』の視点や、『王権の政策決定に対する是非の判断』といった視点が明確に示されている訳ではありません。〔詳しい解説はこのホームページ上の漢文背景知識No.1をお読み下さい〕

 過去問演習や予想問題の緻密な添削指導を、年間で30~40題程度やったとしても、それが次の年度の東大入試に直接ダイレクトな得点寄与を生む要素を含むかといえば、かなり疎なるものであると言わざるを得ません。今回、得点のポイントとなった『僅ニ〜ノミナラず』や『在野』の知識も、これまでの東大漢文で直接問われたことはありません。

 事後的な解説の妙味として、高偏差値の学生さんを心酔させることはあるかもしれません。それは当面の授業満足度やアンケートの結果を向上させるポイントにはなるでしょう。しかし、それが翌年の東大古典にどのように直接ダイレクトな得点寄与をなしたかは、個別な資料を示しながら一つ一つ実証するしかありません。

 私は大道芸としての、いわゆる香具師(やし)の口上を聴くのが好きで、CDや録音テープを集めていますが、彼らの芸術的な口上の妙味への心酔と、例えば『ガマの油売り』の「ガマの油」が実際に傷薬として効くのかどうかという問題は、まったく別次元の話と言うべきでしょう。

 入試はもちろん帰結的結果の有用性として、『間に合ったかどうか?』が問われる世界ですから、どれほど妙味溢れるものであっても、それが事後的な解説である限り、当該の問題を予前に対策化していたとは言えません。その評価はあるとしても別次元のものです。


【市販の参考書において2019年東大漢文の4つの得点ポイントを載せているものが、どの程度存在したか】

チェック項目は以下の4項目としました。

→『僅ニ〜ノミナラず』(累加形)の解説があるか?
→『在野』または『』の意味が載せられているか?
→『与(あずか)ル』の読み方・意味が載せられているか?
→『』の定義を含めた「王権と士の関係」を儒教の立場で説明した記述はあるか?

(1) 漢文のヤマのヤマ 頻出重要句法66/三羽 邦美        学研 1000円

(2) 漢文早覚え 速答法〔パワーアップ版〕/田中雄二      学研 1000円

(3) 漢文ゴルゴ/板野 博行          スタディーカンパニー 900円

(4) 1冊読むだけで漢文の読み方解き方が面白いほど身につく本/岡本 梨奈
                           KADOKAWA 1400円

(5) 漢文読解が面白いほどできる本/中村 一利       中経出版 1100円

(6) 国語(古文漢文)の点数が面白いほどとれる本/佐藤 敏弘
                            中経出版 1300円

(7) 入試に聞け!漢文/本田 博通           エール出版社 1500円

(8) 寺師の漢文をはじめからていねいに/寺師 貴寛     東進ブックス 900円

(9) 記述対策 漢文問題集/三羽 邦美           東進ブックス 900円

(10) シグマベスト 理解しやすい漢文/江蓮隆         文英堂 1500円

(11) 漢文一問一答 完全版/三羽 邦美         東進ブックス 900円

(12) 漢文句形・単語が面白いほどわかるスペシャルレクチャー/原 安宏
                            中経出版 1300円


              C      得点寄与の
  ポイント
 木山の直単・公式    ×         〇        3.0
 (1)    ×    ×      ×    ×     0
 (2)    ×    ×          P140    ×     1.0
 (3)    ×    ×          P223    ×     1.0
 (4)    ×    ×          P197    ×     1.0
 (5)    ×    ×      ×    ×      0
 (6)    ×    ×     
 注1 P230
   ×     0.5
 (7)    ×    ×          P171    ×      1.0
 (8)    ×    ×      ×    ×     0
 (9)    ×    ×          P9    ×     1.0
 (10)     
 注2 P63
   ×         ×     1.5
 (11)    ×    ×          P189    ×     1.0
 (12)    ×    ×          P164     
 注3 P186
    1.5


注1…与(あずか)ル と、読みだけが載せられており、「あずかル」の訳「関わる」の意が説明されていないので△としました。

注2…僅(わずか)二/やっと・かろうじて と、副詞用法は載せられていましたが、『僅(わずか)二〜ノミナラズ』の累加形の説明がないので△としました。今回の出題の場合、「僅かに」と読めただけではAさんのように不正解となってしまいます。

注3…「士=志を持つ立派な者」 と、載せられていたので一応△としました。ただし、これだけでは '' 士が有能な政策官僚として王権の政策にコミットする '' という今回の東大の設問要求には遠く及ばないだろうという気はします。


 以上、2019年東大漢文における木山方式の直接ダイレクトな得点寄与は、
(一)d →在野 /c→与(あず)カル
(二)→敢(あへ)テ 是非(ぜひ) 為(な)ス
(四)→亦(ま)タ 漢文背景知識No.1に示された「政策の是非決定」「人材育成」の2つのポイント、 により、6設問中4問という結果になりました。

 古典の得点(文科60点・理科40点)の点差を分けたのは漢文であり、比較的平易な内容であった古文では合格者の得点差はほとんどなかったのではないかと、私は見ています。



木山のホームページ  


【東大古文の分析】

○次の文章は、欄更(らんこう)編『俳諧世説(はいかいせせつ)』の「嵐雪(らんせつ)が妻、猫を愛する説」である。これを読んで、後の設問に答えよ。

嵐雪が妻、唐猫(からねこ)のかたちよきを愛して、美しきふとんをしかせ、

食ひ物も常ならぬ器に入れて、朝夕ひざもとをはなさざりけるに、門人・友ど

ちなどにも

うるさく思ふ人もあらんと、嵐雪、折々は、「獣 (けもの)を愛するにも、

程あるべき事なり。

人にもまさりたる敷き物・器・食い物とても、忌むべき日にも、猫に生(なま)

ざかなを食はするなど、よからぬ事」とつぶやきけれども、妻しのびてもこれ

を改めざりけり。

さてある日、妻の里へ行きけるに、留守(るす)の内、外へ出でざるやうに、

かの猫をつなぎて、例のふとんの上に寝させて、さかななど多く食はせて、く

れぐれ綱ゆるさざるやうに頼みおきて出で行きぬ。嵐雪、かの猫をいづくなり

とも遣はし、妻をたばかりて猫を飼ふ事をやめんと思ひ、かねて約しおける所

ありければ、遠き道を隔て、人して遣はしける。妻、日暮れて帰り、まづ猫を

尋ぬるに見えず。「猫はいづくへ行き侍る」と尋ねければ、「されば、そこの

あとを追ひけるにや、しきりに鳴き、綱を切るばかりに騒ぎ、毛も抜け、首も

しまるほどなりけるゆゑ、あまり苦しからんと思ひ、綱をゆるしてさかななど

あてけれども、食ひ物も食はで、ただうろうろと尋ぬるけしきにて、門口(かど

ぐち)・背戸口(せとぐち)・二階など行きつ戻りつしけるが、それより外へ出で

侍るにや、近隣を尋ぬれども今に見えず」と言ふ。妻、泣き叫びて、

行くまじき方までも尋ねけれども、帰らずして、三日、四日過ぎければ、

妻、袂(たもと)をしぼりながら、

  猫の妻いかなる君のうばひ行く  妻

かく言ひて、ここちあしくなり侍りければ、妻の友とする隣家の内室、これも

猫を好きけるが、嵐雪がはかりて他所へ遣はしける事を聞き出だし、ひそかに

妻に告げ、「無事にて居侍るなり。必ず心を痛め給ふ事なかれ。

我が知らせしとなく、何町、何方へ取り返しに遣はし給へ」と語りければ、

妻、「かかる事のあるべきや。我が夫、猫を愛する事を憎み申されけるが、

さては我をはかりてのわざかな」と、さまざま恨みいどみ合ひける。

 嵐雪も あらはれたる上は是非なく、「実(げ)に汝(なんぢ)をはかりて遣

はしたるなり。常々言ふごとく、 余り他(た)に異なる愛し様(やう)なり。

はなはだ悪しき事なり。重ねて我が言ふごとくなさずば、取り返すまじ」と、

さまざま争ひけるに、隣家・門人などいろいろ言ひて、妻にわびさせて、嵐雪

が心をやはらげ、猫も取り返し、何事なくなりけるに、

    睦月(むつき)はじめの夫婦(めをと)のいさかひを人々に笑はれて

 喜ぶを見よや初ねの玉(たま)ばは木(き)   嵐雪

[注]

○嵐雪――俳人。芭蕉の門人。

○内室――奥様。

○玉ばは木――正月の初子(はつね)の日に、蚕(蚕)部屋を掃くために使う、玉のついた小さな箒(ほおき)。


【全文訳】

 嵐雪の妻は、唐猫で、見た目のよい猫を愛して、美しい布団を敷かせ、食べ物も常ならぬ特別な器に入れて、朝夕膝元から離さなかったが、門人や友人達などにも、 うるさく思ふ人もあらんと、思って、嵐雪はたびたび

 「獣を愛するにも、 程あるべき事なり。 人にもまさりたる敷き物・器・食べ物とはいっても、(それ以上に、いくら何でも)魚肉を避けなければならない忌み日にまでも、猫に生魚を食わせるなど、良からぬ事だ」とつぶやいたけれども、妻は人目を避けてこっそりと(猫を溺愛し続けて)改めることがなかった。

 さて、ある日のこと、妻が実家へ出かけたときに、自分の留守の間、猫が外へ出ないように、例の猫を繋いで、いつもの布団の上に寝かせて、魚など多く食べさせて、くれぐれも綱を緩めて解かないよう頼み置いて出かけていった。

 嵐雪は、例の猫をどこへでもやってしまい、妻をだまして猫を飼うのを止めようと思い、かねてから約束しておいた所があったので、遠い道を隔てた所までも、人を遣わして(猫を送ってやった)。

 妻は日が暮れて家に帰り、まず猫を探すが、姿がみえず、
「猫はどこへ行きましたか?」と尋ねたところ、
(嵐雪は)「そうであれば(=姿が見えないというのであれば)、お前のあとを追ってどこかへ行ったのだろうか。しきりに鳴いて、綱を切らんばかりに騒ぎ、毛も抜けて、首も締まる程であったが故に、あまりに苦しかろうと思い、綱を緩めて解き、魚などあてがったけれども、食べ物も食わず、ただウロウロと(妻を)探す様子で、門口・背戸口・二階など行ったり来たりしていたが、その辺りより外へ出たのであろうか、近所を探すけれども、今だに姿が見えない」と言う。

 妻は泣き叫んで、 行くまじき方までも尋ねけれども、猫は帰らぬまま、三日四日と過ぎたので、妻は袂を絞るほど泣きながら(俳諧の一句を詠んだ)

 猫の妻いかなる君のうばひ行く 妻
 
 このように言って(=句を詠んで)、妻は病気になってしまったので、妻が友とする隣家の奥方が――この人も猫好きの人であったが――嵐雪がだまして猫を他所にやってしまったことを聞き出し、ひそかに嵐雪の妻に告げて、
「猫は無事でいるようです。決して心を痛めなさるな。 我が知らせしとなく、何町、何方へ取り返しに遣はし給へ」と語ったので、妻は、 「このようなことがあってよいものか。我が夫は、私が猫を愛することを憎み申されていたが、 さては我をはかりてのわざかな」と、嵐雪に対してさまざまに恨み言を言い、いどみあった。

 嵐雪も、 あらはれたる上は是非なく、 「なるほど確かに、お前をだまして猫を他所に遣ったのである。常々言うごとく、 余り他に異なる愛し様なり。甚だしく良くないことである。重ねて私の言う通りにしなければ、猫を取り返すつもりはない。」と、
さまざまに言い争ったところ、隣家や門人など色々と言って、妻にわびさせて、嵐雪の機嫌をやわらげ、猫も取り返し、何事もなくなった時に(嵐雪が詠んだ俳諧の一句)、

  年の始め(=睦月)の夫婦喧嘩を人々に笑われて、

(猫が戻ってきて妻が)
喜ぶ姿を見なさいよ、初ねの玉箒。  嵐雪


設問

(一)  傍線部ア・イ・カを現代語訳せよ。


木山→不快で煩わしく思う人もあるだろうと
Aさん→いやに思う人もいるだろうと(やや減点か)
Bさん→わずらわしく思う人もいるだろうと思って(正解)

*Aさんの答案「いやに思う」であれば、原文は「うたて(C副3)思ふ人もあらん」とあるべきところ。


木山→程度というものがあるはずのことである。
Aさん→限度があるはずのことである(正解)
Bさん→限度がなくてはならないことである(正解)

*「ほど」=程度を表す(A名49)


木山→露見した以上はやむをえないと/どうしようもないと
Aさん→うそが露見した以上否定することもできず(ほぼ正解)
Bさん→明らかになった以上は仕方がないと開き直って(正解)

*「是非(も)なし」は、"正しいとか正しくないとか言っていられない"の意から転じて『仕方がない・どうしようもない・やむを得ない』などと訳します。


(二)  「行くまじき方までも尋ねけれども」(傍線部)を、誰が何をどうしたのかわかるように、言葉を補い現代語訳せよ。

木山→妻が猫の行くはずもない所までも猫を捜し求めたけれども
Aさん→妻が、猫の居場所を、行くはずがない方向まで探した(ほぼ正解)
Bさん→嵐雪の妻は、飼い猫の行くはずのない所まで探し求めたが(正解)


(三)  「我が知らせしとなく、何町、何方へ取り返しに遣はし給へ」(傍線部)とあるが、隣家の内室は、どうせよといっているのか、説明せよ。

木山→自分が知らせたことは伏せて、預け先に人を遣って猫を取り返せと言っている。
Aさん→隣人が居場所を伝えたことは内密に猫をとりに遣れ(正解)
Bさん→隣の内室が知らせたと言わずに猫のいる所へ人を遣って取り戻すよう妻に言った(正解)


(四) 「さては我をはかりてのわざなるか」(傍線部)とあるが、嵐雪は妻をどうだましたのか、説明せよ。

木山→妻の外出中に猫を他所に預けたのに、猫は妻の後を追って姿を消したと偽った。
Aさん→猫を約束していた所へ預けた上で、妻には猫は自分からいなくなったと偽った(正解)
Bさん→嵐雪は、妻が猫の番を頼んだ際に約束していた遠くの人のもとへ人を使って猫を送った(やや減点か)

*Bさんの答案、『偽った』というニュアンスの表現を一言添えて欲しい。


(五) 「余り他に異なる愛し様」(傍線部)とあるが、どのような「愛し様」か、具体的に説明せよ。

木山→人間より贅沢な敷物や器を使い、忌日にも生魚を与える過度な愛し樣。
Aさん→人が使うより良い道具を使い、忌み日に生魚をやるような過度な愛し樣(正解)
Bさん→人より上等な道具を与え、忌日にも魚を食べさせ一日中猫と一緒にいる(正解)

*古文背景知識No.2殺生戒精進精進の期間中は魚を捕って食べることも戒律を破る行為として禁じられていました。




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