= 寒桜だより =

          シリーズ №20



【 H22京大古文分析・若者のムラ社会的ノリの文化と

                        閉鎖的ウチラ意識】


 木山はサテラインにおいて通年で京大古文を担当しています。大阪南校で作成された流用テキストを用いて、ほぼ1回につき1題の大問を解説・演習する講座ですから、全面的に木山方式に拠るわけではありませんが、ことにつけてかなりしつこく単語の暗記の重要性を説いてきましたし、また講習会などでは、できるかぎり『サクセス!最強古文漢文』『サクセス!センター古文漢文』などを受講して、
集中的な単語文法の暗記の訓練(木山方式)を受けるようにと、常々勧めてきました。

 そうした木山方式に即した京大対策の方法論といったものが、今回のH22年京大古文の実際の問題と、どの程度かみ合ったかのか、また費やした単語暗記の労力がどの程度、傍線部解釈において有効であったか、実際の入試問題を分析しつつ検証してみたいと思います。

【 H22京大・文系古文 】 

 出典は『増鏡』の巻第十六「久米のさら山」の後半部分。
後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕計画に協力した公家たちが、幕府方に捕らえられ流罪になる様子を述べたくだりで、これに先立ってすでに後醍醐天皇も隠岐の島に流されているといった状況設定でした。

問一 傍線部(1)「別るとも何か嘆かん君住までうきふるさととなれる都を」の和歌を現代語訳せよ。なお、「君」は後醍醐天皇を指す。

 これは遠流(おんる)の身となった大納言師賢(もろかた)の詠んだ歌で、
先帝である後醍醐天皇がすでに流されて都におらず、憂き故郷(ふるさと)
となってしまった都など何の未練もないといった趣意の歌です。
「うき」は直単B形18「うし(憂し)」で、「つらい・苦しい・情けない」の意。
「ふるさと」はA名48で「古いなじみの土地」の意ですから、模範解答は、

〈答〉
離れることになってもどうして嘆いたりしようか。天皇も住んでいらっしゃらず、私にはつらいだけのなじみの土地となってしまった都を。

 「ふるさと」の意訳を「旧都」とする大手予備校の解答例もありますが、旧都とは〝もとの都〟の意であり、旧都に対して新都が存在しなければならず、鎌倉末期のこの『増鏡』の状況設定にはそぐわないと言うべきです。

問二 傍線部(2)「今は限りの対面だに許さねば、晴るくるかたなく口惜しく」、(3)「あまたの中に、とりわきて重かるべく聞こゆるは」を、適宜言葉を補いながら、現代語訳せよ。

 傍線部(2)は、大納言師賢(もろかた)の北の方が夫との別れを嘆く様子
を述べたもので、「限り」「だに」「口惜し」が解釈のポイントとなります。
「限り」は直単A名13「限り」で、「最後(臨終)」の意。ここでは遠流に
よる〝今生の別れ〟ととらえて、〝
最後の対面〟と訳すのが適当です。

 「だに」は古文公式38①でくり返し当てて練習したように、最小限の条件
を表わす副助詞で、訳は「(せめて)~だけでも」または「~でさえも」の二
通りのうち、通りのよい方を用います。最小限の条件であっても、「~でさえ
も」と訳せることは、公式中にも書いてあるとおりですし、授業中にもその点
をよく強調したと思います。
 
 中には、〝今生の別れという最小限の条件で
さえも許容されないのだから、ましてそれ以上のことなど許されるはずもない〟と、類推の線で解釈した人もいたかもしれませんが、一般に軽いものを挙げて重いものを類推する働きという場合には、「まして」以下の内容が記述の解釈としても要求されるのが通例ですから、仮りに〝夫との最後の対面が許容されない以上に、まして何が許されないのか〟と考えてみても、今回のこの文脈では「まして」以下の重い方の具体的な内容が、特に文脈上要請されているとは考えられません。
(というのも、今生の別れそのものが重く深刻な事態ですから、それを軽いこととして挙げて、それ以上の重いことを言外に類推させるというのも無理があると思われます。)

 つまり、最後の対面以上に、まして何が許されないのかを、わざわざ記述の答案に書かなければならないといった文脈上の必然性はないと考えられますので、やはり単純に最小限の条件の用法と判断すべきでしょう。

 しかも訳の上で、「今はせめて最後の対面だけでも許されないので」としてしまうと、表現上かなり違和感がありますので、「~でさえも」の訳を用います。「口惜し」はB形37にあるとおり「残念だ」の意。したがって、模範解答は、

〈答〉今となっては最後の対面でさえも幕府方は許さないので、北の方は思いを晴らすすべもなく残念で

 傍線部(3)を含んだ前後の文脈は、

「源中納言具行(ともゆき)も、同じころ東(あづま)へ率て行く。(3)あまたの中に、とりわきて重かるべく聞こゆるは、さま異なる罪に当たるべきにやあらん。」

となっていて、傍線部の解釈上のポイントは、「重かるべく聞こゆるは」の「聞こゆる」の訳出の仕方です。

 古文公式の57「聞こゆ」のチェックの際に、木山が〝「聞こゆ」が一般動詞となった場合の訳し方を二つ言ってみて下さい!〟と学生に当てて質問していたことを思い出して下さい。

 一つは「鐘の音の
聞こゆ」などのように、文字通り「聞こえる」と訳す場合、もう一つは「世に聞こゆる歌詠みども~」などといったフレーズでは、訳し方は「噂される・評判になる」でした。

 その知識を踏まえれは、ここは〝具行(ともゆき)が、とりわけ重い罪に当たるにちがいない(「べく」は当然→公式10~ちがいない)と、世間で噂されている〟と解釈できますから、「あまた」C副1で「たくさんの」の意も加えて、模範解答は、

〈答〉
この度罰せられたたくさんの人々の中でも、とりわけ具行(ともゆき)は罪が重いにちがいないと噂されるのは。


○ (具行の北の方である勾当の内侍は)日にそへて嘆き沈みながらも、(具行が)同じ都にありと聞く程は、吹きかふ風のたよりにも、さすがこととふ慰めもありつるを、(4)つひにさるべきこととは、人の上を見聞くにつけても、思ひまうけながら、なほ今はと聞く心地、たとへんかたなし。この春、君の都別れ給ひしに、そこら尽きぬと思ひし涙も、げに残りありけりと、(5)今ひとしほ身も流れ出でぬべく覚ゆ

問三 傍線部(4)「さるべきこと」の内容を明らかにして現代語訳せよ。

 「さるべき」はD連21①で「そうなるはずの」、「人の上」の「上」はA名6の③で「身の上」、「思ひまうけ」の「まうく」はB動52「まうく(儲く)」で「準備する・用意する」の意。

 こうした単語の意味の確実な把握は、木山方式の学生さんならば手抜かりなく実に綿密にくり返したはずです!しかも、B動52「まうく(儲く)」の枠外には、「思ひまうく」となった場合→(あらかじめ思い用意する・準備するの意から転じて)→
覚悟するといった意訳になることが多いことを、ほとんどのクラスで枠外に書き込んだはずですから、今回はそれがぴったり出題されたことになります。
 
 そこで、まず直訳だけをつないでみると、「勾当の内侍(こうとうのないし)はついにはそうなるはずのことと、人の身の上を見たり聞いたりするにつけても、あらかじめ覚悟していたものの」となります。

 「ついにそうなるはずの」の具体的な内容は、直前の「同じ都にありと聞く程は、吹きかふ風のたよりにも、さすがこととふ慰めもありつるを」の内容の逆方向だと考えて、夫の具行(ともゆき)が都を離れて流罪にされることを、「そうなるはずの」と言っているのだと見当をつけることができます。(また他の箇所には「具行も同じころ東へ率て行く」とあるので、この部分の意訳を「都を離れて鎌倉へ連行される」といった内容にしても正解として許容されると思います。)
したがって、模範解答は、

〈答〉勾当の内侍は、結局夫の具行は都を離れて流罪にされるはずだ(都を離れて鎌倉へ連行されるはずだ)と、捕らえられた他の人の身の上を見たり聞いたりするにつけても、あらかじめ覚悟していたものの。

問四 傍線部(5)はどのようなことをいっているのか、わかりやすく説明せよ。 

 この問いは、何に対して何が「今ひとしほ(=ひときわ一層)」なのかを、直前の内容を踏まえて説明させる点が眼目ですから、木山方式の単語・文法のポイントとはなり得ないのですが、ただ一点だけ「ぬべく」の表現だけは、公式の理解で適切な訳をすぐに得られます。

 公式5強意の訳し方の①②③は、①「きっと~だろう」②「きっと~しよう」③「今にも~してしまう」の三つであり、特に③の副詞的用法がよく狙われることは、昨年中もくり返し指摘しました。

 したがって問四の答案の最後の部分の表現は、「今にも(涙によって)我が身が流れ出てしまいそうなほどである」と書くことができます。正解は次のとおり。

〈答〉後醍醐天皇が流罪になったときに尽きてしまったと思った涙が、夫具行との別れに際し、さらにいっそう流れて、今にもわが身が流れ出てしまいそうなほどであるということ。

 以上、木山方式に習熟している学生が確実に上げ得る得点率は、

【5問中/4問!】


です。(問四の表現上のポイントは省略しました。)

 どうでしょうか。
 「ふるさと」「かぎり」「だに」「口惜し」「あまた」「聞こゆ」「さるべき」「上」「思ひまうく」「ぬべし」など、やはり重要単語や基本的文法の正確な意味・用法の把握を第一義とする木山方式の方法論は、H22年京大文系古文においても極めて有効と言えるのではないでしょうか。

(ちなみに、参考までにH21京大プレは、
お便りの№13に、H20京大文系・理系の分析は、お便り№6に掲載されています。得点寄与率はどれもほとんど同じです。)


【 H22 京大・理系古文 】

 設問箇所は5箇所でした。和歌の現代語訳も含めて、すべては傍線部解釈であり、全体を説明させるような論述問題はありませんでした。

問一(1) 傍線部「いかなる便りにても男のありさま聞くべき」を、適時言葉を補って現代語訳せよ。

 ポイントは「たより(便り)」。「便り」はチャンス系!を表わすというフレーズで、「ついで・機会・きっかけ・つて」とくり返しくり返し覚えた、あの単語です。

 中でも「つて」の意味は、「手掛かり」とか「解決の糸口」といった意味で用いられ、純粋にチャンス的な表現である「ついで・機会・きっかけ」とは、ややニュアンスが異なるといった説明は、去年の受験の10ヶ月間、木山はいったい何度くり返し言い続けたか、自分でもわからないほどです。(この単語は実によく学生に当てました!)
 というわけで、模範解答は、

〈答〉どのようなつてを使ってでも筑紫での夫の様子を聞きたい

 単語の意味を知っていれば、安心して自信を持って答案が書ける問題です。

問一(2) 傍線部「(妻の)在京の堪忍おもひやられて心ぐるしきよしなど書きつづけて」を、適時言葉を補って現代語訳せよ。

 ポイントは「心ぐるし」。B形39「心ぐるし」は90パーセント「①(相手が)気の毒だ!」であり、「②(自分が)つらくせつない」になることはほとんどない!と、くり返しくり返し学生に言い続けた、あの単語です。
「よし」はA名54で形式名詞となり「~こと」。
よって、答は、

〈答〉京にいる妻が苦労に耐えていることが思いやられ、気の毒でならないことなどを夫は書きつづって。

問一(4) 傍線部「(夫は)いかでかよろづ御こころにかなふ事もおはすべき」を、適時言葉を補って現代語訳せよ。

 ポイントは二つ。古文公式の32③「いかでか~べき」の形は、ほとんど反語である!という知識(訳は「どうして~だろうか、いや、~ない」)。この構文も去年くり返し学生に当て続けたポイントの一つでした。
 もう一つは、「かなふ」の訳。A動19「かなふ(叶ふ)」=①思い通りになる。答は、

〈答〉どうして夫は諸事(もろごと)につけて思い通りになることもおありになるだろうか、いや、思い通りにはならないはずだ。

 以上、H22年京大理系古文において、木山方式に習熟している学生が確実に上げ得る成果は、

【5問中/3問!】

でした。

 H19年からH22年までの過去4年間の京大古文を見るかぎり、以前お便りシリーズ№18で紹介した古文の四つの達成目標のうち、

木山の直単ABCDE(約450単語)の暗記において、隠して直接意味を当てられる状態で8割以上の正答ができること。

木山の古文公式約60項目の意味と用法について、それを隠した状態で8割以上の正答ができること。

木山の古文公式の公式62~64の枕詞・序詞・掛詞50パターン・代表縁語などの知識について、隠して直接当てられる状態で8割以上の正答ができること。

の三項目が網羅されていれば、ほぼ合格答案を書くための知識的土台は充足されると言えます。

 特に近年の京大の特徴として、以前のような、深く文章の全体から考えさせる論述型の設問を出さなくなった点からも、傍線部解釈が設問の主流になっていますから、前述の
①②③の的確な理解と訳語を知っているか否かが、得点化のカギとなるケースが多くなってきたように思われます。

 木山がここでいう以前の京大らしい設問というのは、たとえば、H7年の京大前期の問四

・傍線部オ「負けたればこそ、勝ちたれ」とは、どのようなことをいうのか、
この説話文の内容の全体を例として、説明論述せよ。

とか、H9年の京大前期の問四

・Bの和歌に対する契沖と宣長の批判を、
それぞれの論点をふまえてわかりやすく説明論述せよ。

といったもので、確かにこうした全体の論旨をふまえた論述の妙味を問われるような設問形式では、木山方式だけでは如何ともしがたいものがあります。

 しかし、近年、京大はこうしたタイプの設問は出しておりませんし、一見して説明論述型に見える問いも、実は前述の
①②③の知識に依拠しているものがほとんどだと言えます。

 したがって、これから京大を目指す学生の皆さんは、まず前述の
①②③の知識の充足を秋の初めまでを目標にしっかりと達成することをお勧めします。
基礎知識が不十分なままに、むやみに京大の過去問や記述問題をくり返すのは、結局のところ、労力の空回りとなる危険性が大きいのです!

 また、去年の1・2学期の京大古文の約20題の大問中、「便り=
つて」、「心ぐるし=気の毒だ」といった単語の意味が、設問として問題化された事例は、テキスト中に一例も見出せません。

 単元的な過去問演習のくり返しだけでは、本番に出る重要単語のカバー率が極端に低くなってしまうことは、これまでも度々指摘してきたとおりです。
したがって、単元的な過去問演習と並行して、今年度も2010年度版古文公式の隅から隅までしっかりと知識の定着を図ることを第一義として下さい。

 今年、京大に合格した学生さんからのメッセージを紹介しておきます。二人とも本部校の京大古文の受講者であった人です。
特に理学部合格の学生さんは、去年のサテラインの授業中に、単語の意味を最も正確に答えてくれた学生さんでした。木山の直単ABCDEの隅々まで実によくしっかりと覚えてくれました。理系なのに感心ですね!

一年間本当にお世話になりました。初めは何もわからなかった私を、最後まで見捨てず指導して下さって、本当にありがとうございました。おかげさまで無事に第一志望に合格することができました。心から感謝しています。
  後輩の皆さんへ。初めは(木山先生の授業のスタイルに)戸惑うこともあると思いますが、絶対に自分に負けずに、授業に出続けて下さい。木山先生は生徒の合格を誰よりも願ってくれています。皆さんの頑張りを応援しています。
                         〔京都大学 理学部 合格〕

一年間、京大古文で一番前の席に座っていた者です。古文が苦手であり、また大嫌い(ゴメンナサイ)だった僕にとって、単語・文法の暗記を強制されるスタイルは、結局のところ、合格のための一番の近道となりました。
                         〔京都大学 工学部 合格〕





【 若者のムラ社会的ノリの文化と
                  閉鎖的ウチラ意識 】

 コミュニケーションのあり方も、時代の推移とともに様変わりしました。
特にインターネットや高機能携帯の時代になってから、発信された情報をうまく受け取って、それにうまく対応していく(たとえばネットの中で共感を増幅していく)といったコミュニケーションのあり方が若者を惹きつける重要なカギとなっているように思われます。

 そこには「共感しながらみんなに発信し」、と同時に「みんなの反応も楽しむ」といった相互発信的イメージが浮かんできますし、「みんなの感情や情報が交じり合って共振していく」過程で〝ゆるいつながり〟といった連帯感の中に身を置く安堵感といったものもほの見えてきます。

 今、木山が〝
ゆるいつながり〟といったのは、特にインターネットなどがそうですが、相手の心の本音に踏み込まず、情報の表層のみで盛り上がる傾向があると思うからです。中心の部分で触れ合わずに、個人の周縁のみで触れ合うコミュニケーションのあり方とでも言ったらいいのでしょうか。

 複数の人がそうした個人の周縁的情報を核にして「へぇ~、そうなの。すごいね!」とか「おもしろそう~」とか言葉を交わしているうちに、「そうだよね!いいよね!」と情動的な盛り上がりが上乗せられて〝共振〟現象が生まれてくるわけです。

 この、相手の心の本音に踏み込まないという点は、逆に言えば〝通じない〟人とはあえてコミュニケーションをとらないというか、さらりと無視するというか、波長の合わない人とは、たとえ学校で同じクラスで近くの席でも、まったく話さないという状況が普通であるといった一面も見えてきます。

〝共振〟が
「ノリ」だとすれば、〝コミュニケーション無視〟は「ひく」という言葉に集約されるわけです。(しかも、そうした状況判断の手立ては、「空気を読む」といった言葉によって表現されます。)

 こうした現代の若者気質は、一方では
日本的共同体原理への回帰のように見受けられます。日本的共同体原理とは、急速な近代化が推し進められる以前の日本は、およそ9割が農民階層であり、そこでは閉鎖的な小集団に属する同質的な村社会の体質が共同体を形成する原理として働いていたことを意味する言葉です。
 
 自分だけがまわりから浮いてしまうことを極度に恐れ、いわば衆の中に埋もれようと努める現代の若者の姿は、たとえば、村八分になることを極度に恐れた近世の農民の姿と重なります。
村八分…江戸時代以降、村民に規約違反などの行為があったとき、村全体が申し合わせにより、その家との交際や取り引きなどを絶つ私的制裁)

 こうした、仲間内の共振的な盛り上がりやノリに対して、若者が強く心を惹きつけられて行動してしまう点や、またその対極として、少しでも鼻白むものや仲間内の同質性を持たないものやナイーブな内容については、すぐに引いてしまう点、木山はこれを『
若者のノリの文化』『若者のひきの文化』と勝手に命名していますが、そうした風潮の中で実証性や検証性といった機能が不全になってしまうのではないかと、実は真面目に危惧しています。

 また、人に左右されずに合理的な自己の判断で行動できる人間の存在を減少させているといった弊害もあるのではないかと危惧しています。

 さらに言えば、一度共振的なゆるいつながりの連帯感の中に身を置いてしまうと、たとえそれがどれほど合理的なものであれ、他の言説に一切耳を貸さないといった傾向になりがちなのも問題です。木山はこれを『
若者の閉鎖的ウチラ意識』と勝手に命名して呼んでいます。(笑)

 本来、個人には自由な選択を原理とする相対主義があるわけですが、他者との共振・不共振を前提とするノリの文化・ひきの文化の中では、個人の意思というよりは、結局、他者から承認を得やすいものを結果的に選んでしまうといった傾向になりがちです。つまり、よく売れているものを無批判に買ってしまう、ということです。(別の言い方をすれば、大勢に迎合し流されるということ)

 それは選択の自由の放棄なんですけど、当の本人たちは、最初から選択の自由を放棄したとは思いたくないので、さまざまな選択肢を検討し熟慮した上で、結局、一番売れているもの、人がよいと言うものを選び、「やっぱりこれですよね~」といって承認を得ようとするわけです。

 しかし、その選択肢自体が他者の承認の多さによってではなく、それ自体としてどのように実証され検証されるのかといった問いが不問にされたまま人々が動いていくとしたら、結局、そのツケを負うのは衆に属する人々自身です。

 社会学者の鈴木謙介は、今後起こる日本社会の分極化の中で、大衆が「瞬間的な盛り上がり」(共感感情)によってもたらされる「内的に幸福」な状態(=カーニヴァル)を持ちつつ、「客観的には搾取され、使い捨てられる」危険性を指摘していますが(『カーニヴァル化する社会』)、木山もこの指摘には同感です。

 同感というのは、決して若者を批難する意図をもって言っているのではなく、今の若い人たちの行動に対して純粋に心配しています。

 もしかしたら多くの若者は客観的に搾取されていることを多少は自覚しているのかもしれません。しかし、それをどうしようもないために、不利益を被ることは承知の上で、他方では、その程度の不利益ならば、瞬間的な他者との盛り上がりや何やらを介して適当にやり過ごすことができるほどにタフなのだ、と言えるのかもしれません。考えてみると、弱いのか強いのか、わからないような人たちです。

 毎年、予備校でくり返されるカリスマリズムへの強い傾倒・憧憬・強烈なシンパシー、教室の前列の席取り合戦、質問の長い行列、そして熱が冷める秋から冬にかけては、潮が引くようにぱったりと姿を消していく若者たちの群れを見ていると(毎年見るんですけど―そしてそれは決して全員がそうだというのではなくごく一部の人たちなんですけど)、木山は「おお、若者よ、君たちは大丈夫か?!」と、つい声を掛けたくなります。



 ところで、木山方式の享受者は、代ゼミ全体の大勢の中では少数派です。大勢はオーソドックスな単元的な過去問演習のくり返し、しかも当てられることのない講義形式の授業の方を好みます。

 多くの学生が好むのは、「好きで」「ノリがよくて」「ワクワクする」ような(いかにも大向こう受けするような、鮮やかな解法を見せてくれるような)講座です。わずか数ページの資料集の暗記を、延々6ヵ月も続けるような木山方式など、地味すぎてなかなか人気がありません。

 しかし、この春、木山のもとに寄せられた数十枚の合格ハガキを読んでみると、彼らは
少数派(Minority)であったがゆえの成功者であったという一面も確かにあるのです。

以下、いくつかのメッセージを紹介しますので、どうぞ虚心に読んでみて下さい。

先生へ。本当にありがとうございしまた。現役の時、自分は日東駒専に全部落ちました。偏差値はいつも40台。今思うと落ちて当たり前ですね。足りなかったのは、
確実な知識の習得だと気付いていたのですが、古典はいつも後回しになってしまって、きちんと身に付きませんでした。
  しかし、木山先生の厳しい授業でかなり強制的に確実な知識が身に付いたと思います。皆さんも最後までついていけば必ず合格できると信じて、しっかりついていって下さい。
                           〔法政大学 経済学部 合格〕


月曜日の1限ということで、一週間の始まりが木山先生のあの厳しい授業だと思うとちょっときつかったけど、最後まで出続けたおかげで、入試直前での
古文の不安は一切ありませんでした
  最初20人だったクラスも、最後は8人ぐらいしか残っていなかったけど、その8人の中に自分が残れてよかったです。合格の秘訣があるとすれば、それは、その最後の8人の中に残ることです!
                        〔同志社大学 経済学部 合格〕

木曜日の2限に前から二番目に座っていた女子です。第一志望の筑波大学に合格することができました。木山先生からは古文の知識の大切さだけでなく、
受験への厳しい心構えのようなものを教わった気がします。
浪人したし、何となく合格するんじゃないか、なんていう甘い考えを捨てて、真剣に勉強ができました。一年間先生の授業に出続けたことは、本試でも大きな自信になりました。本当にありがとうございました。
                     〔筑波大学 人文文化学類 合格〕

一年間本当にありがとうございました。先生のおかげで苦手だった古文を得点源にすることができました。後輩へのアドバイスとしては、先生の授業は初めはとても厳しくて嫌になるかもしれませんが、2学期以降には先生の
厳しい授業の効果が驚くほどあらわれるので、どうかきちんと一年間続けて下さい!
                      〔早稲田大学 国際教養学部 合格〕

一年間大変お世話になりました。先生の公式と御指導のおかげで、本番の試験の古文は
驚くほどすらすらと解くことができました。暗記を面倒だなぁと思ったことも度々ありましたが、投げ出すことなく一年間続けてきて本当によかったと思います。本当にありがとうございました。
                           〔法政大学 法学部 合格〕

東京外国語大学・外国語学部イタリア語学科の後期試験に合格しました。先生には一年間大変お世話になりました。第一志望の大学・学部・学科に合格できて、本当に今は幸せな気持ちでいっぱいです!
  先生の授業は本当に怖かったです(笑)。あの緊張した雰囲気にいつも恐怖を感じていました。私の場合、1学期の間はずっと慣れませんでした。毎週毎週逃げたくて逃げたくてしようがありませんでした。慣れたのは2学期の半ばごろだったと思います。
 〔中略〕
  私が絶望の底から立ち上がり、最後まで逃げずに第一志望に合格できたのは、間違いなく先生のあの厳しい授業のおかげでした。というのは、先生の授業から最後まで逃げ出さず、一番前の席に無欠席で終始座り続けたことが、私の精神面に大きな成長をもたらしたのです。もし、目先の楽な楽しい方向に逃れていたら、あのときの私は募集人数がたった8人で倍率が11倍の後期試験にのぞむことなど決してしなかったと思います。
全落ちのトラウマを乗り切ることは本当に辛かったのですが、
逃げ出さず最後まで諦めないことが、合格するために何よりも大切なことであったということを、私は証明できたのです。
                      〔東京外語大学 外国語学部 合格〕

(この記事終わり)


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