《 古文の背景知識 №13 》

朧化表現と「見る」


 蜻蛉日記の一節に、夫兼家が作者である道綱母のもとを久々におとずれる場面があります。のどかに降る、春まだ浅き時節の雨音を聴きながら、兼家はゆっくりと時間をかけて妻である作者との情交を楽しみます。しかし、その夜、泊まることまでは出来なかったのか、

「されどとまる方は思ひかけられず。……とばかりありて、…………起き出でて、なよよかなる直衣、帯ゆるるかにて、歩み出づるに」

と続きます。
 夫の入来と退出の、その間に挿入された『とばかりありて=しばらくして』の意味合いが微妙で、後続する着衣の記述からも男女の営みがあったと見ても違和感はありません。そう見れば、そぼふる春の長雨を背景に、情事の後のけだるさがにじんで優雅にさえ感じられます。確かにそうだというのではなく、そう解釈しても通じるなぁという点で、わざとぼかしてそれとなく匂わせている表現ということもできます。
こうした表現の仕方を、国文学では朧化(ろうか)とか朧化表現といいます。

一般に、男女の営みとしての「濡れ場」を直接的に文学に登場させることは、平安時代には考えられないことでした。あの『源氏物語』ですら「濡れ場」らしい「濡れ場」は一度も登場しません。露骨な性描写は優婉優美な王朝文学にはそぐわないと考えられていたようです。

「伊勢物語」第69段には、在原業平に擬せられた「男」が勅使として伊勢の斎宮(さいぐう)を訪ね、人が寝静まった時、2人きりの時間を過ごしたと記されています。伊勢の斎宮といえば神に仕える皇女で、男を近づけないのが本来なのですが、この禁を破っての、夢か現(うつつ)かわからない、かすかな幻としての夢幻的な恋という設定でした。

 まだ夜の明けぬうちに斎宮は帰って行き、男は朝まで眠れずにいると、そこへ斎宮の方から文が届きます。詞(ことば)はなく、歌ばかりが一首ありました。

君やこし我やゆきけむ思ほえず夢かうつつか寝てかさめてか
《あなたさまがおいでになったのでしょうか。それとも私がそちらへ参りましたのでしょうか。よくわかりません。夢なのでしょうか。ほんとうのことだったのでしょうか・・・》

「夢かうつつか寝てかさめてか」の重ね方に、なんともいえぬ風情があり、哀切で優婉、嫋々(じょうじょう)とした余情を感じさせて美しいものがあります。王朝文学は男女の営みを、こうした余情余韻の中に包み込むやり方で文学的に昇華させる手法を好みました。「あれは夢だった」と言い切るのではなく、それが夢の中でのことなのか、それとも現実に起こったことなのか、自分自身でもよく分からないと、半ば疑うような気持ちで発せられるのが常ですから、一種の自問自答的ニュアンスを帯びた朧化表現 ということもできます。

 この伊勢物語の朧化表現は、それ以降の物語作品にも多く用いられます。例えば、源氏物語・若菜下では『ただいささかまどろむともなき夢に』(ほんの少しウトウトとまどろんだかどうかもわからないほどの夢の中で)という朧化表現によって、強引に柏木が女三の宮の体を奪ったことが婉曲に表現されますし、情事の後の、女三の宮の柏木への返歌も、

あけぐれの空にうき身は消えななん夢なりけりと見てもやむべく
《暗い明けぐれの空につらい私の身は消えてしまってほしい。夢でもあったのだと見てすませられるように》

と、すべては夢のようにはかない幻という含みで詠まれています。

 令和4年・2022年に東大で出題された『浜松中納言物語』の中で詠まれる中納言の歌も、

ふたたびと思ひ合はするかたもなしいかに見し夜の夢にかあるらむ
《ふたたび思ひあわせる手立てもありません。あなたとのはかない逢瀬はどのようにして見た夜の夢なのでしょうか》

と、唐后との密かな逢瀬を「見し夜の夢」としていますが、これも『夢かうつつか』といった王朝文学特有の朧化表現、男女の営みを夢幻的な余情余韻に包み込む伝統に沿ったものだと言えます。


ー女の顔を「見る」という行為の方が、女との夜の交わりそのものよりもより本質的な行為であるという倒錯ー


 古文単語の「見る」には、『男女として逢う・結婚する』などの意味があります。結婚といっても現代のような法的結婚制度があったわけではありませんから、要するに、性愛関係を持って “ 男と女の関係になる " ことを「見る」という言葉で表しているわけです。なぜ、そういうことになるのでしょうか?

 基本的に求愛時の男は夜になって人目を忍びつつ女のもとに通い、夜明け前に帰るというのが原則でした。男が夜だけ通うということは、女の顔をまじまじと明るい場所で見ているわけではありません。闇の中での女の気配、話し声、髪の手触り、しめやかな香の香りなどを通して女の存在を知るのです。

 女と夜の闇との相性はよく、女にとって夜の闇は「身を守ってくれるヴェール」のようなものでした。従って、特に姫君のような高貴な女性の場合、明るい日の光のもとで男に顔を見られるという行為は、裸体を見られるのに近い感覚があったようです。今風にいえば、「明るいところでお風呂に2人で入る」のと同じくらいの親密度ゆえの行為でした。

 ですから、たとえ夜を共にして身を許した相手であっても、朝の光のもとで顔を見られるのは恥ずかしくつらいという女の思いがあり、男の側は、逆にその羞恥を乗り越えて女が顔を見せるのを許すという行為には、二人の結びつきの確かさを確認するという意味合いでの了解があったと思われます。


つまり、女の顔を「見る」という行為の方が、夜の闇の中での男女の営みそのものよりも、より本質的な行為であったわけです。

 現代人の目から見れば、女の抵抗の力点がいささかズレているようにも感じられるかもしれません。というのも、すでに夜の営みは終えているわけですから、いかなる痴態もなしたであろうに、それが夜の闇の中であれば少しも恥ずかしいとも思わず、事後に顔を見られることの方を恥じるというのは、どこか倒錯した感覚のようにも見えてしまいます。

とにかく、上手い表現が見つからないのですが、女側の『私はあの男(ひと)のものになる』という感覚は、夜の性交の方ではなく、「男に顔を見られる」という行為の方により強くあったと言えるのではないでしょうか。源氏物語・若菜下には、女三の宮と密通を果たした柏木が、抱き上げた女三の宮の顔を暁の薄闇に見ようとして格子を引き上げる場面が描かれますが、一見、何の変哲もない夜明け前の行為のようにみえて、そこにはより深い意味合いが込められているのかもしれません。

ところで、「男に顔を見られる」ことの、以上のような意味合いを土台にしてみると、H24( 2012)東大古文に出題された『俊頼随脳』設問(五)の解釈に於いても、ちょっと面白い視点が浮かび上がってきます。紹介しましょう。

岩橋(いはばし)の夜の契(ちぎ)りも絶えぬべし明くるわびしき葛城(かつらぎ)の神

注…葛城の神……昔、役行者の命で葛城山と吉野の金峯山との間に岩橋をかけようとした葛城の神(一言主の神・女神)が、容貌の醜いのを恥じて夜間だけ働いたため、完成しなかったという伝説に依っている


(五) 文中の和歌は、ある女房が詠んだものだが、この和歌は、通ってきた男性に対して、どういうことを告げようとしているか、わかりやすく説明せよ。《ヒント=「わびし」の訳は「(思うようにいかず)やりきれない》

[答] 夜が明けて自分のひどい顔を見られるのがやりきれないので、夜明け前に帰って欲しいと訴えている。

この設問は、女が自身を葛城の神になぞらえて、つまり自身を醜女とした諧謔(かいぎゃく)と自己卑下の方にばかり目が行きますが、果たしてそれだけでしょうか。ただただ消え入るばかりに恥いる女の歌ではつまりません。

もしかしたらこの歌は、ワンナイトの恋のお相手と思っていた男、つまり、夜は共にはしても朝に顔を見せるほどの相手ではないと思っていた男が、厚かましくも女の朝顔を見ようとしたのを、諧謔のオブラートにやんわりと推し包んで拒絶した歌なのではないでしょうか。
そう考えると、女の歌にはむしろ男を籠絡する(ろうらく…他人をうまく丸め込んで、自分の思う通りにあやつること)余裕のような気分さえ感じられてきます。
《私の顔を見るなんてまだまだ百年早いわよ。出直していらっしゃいね!》

話を戻しますが、令和4年の東大古文『浜松中納言物語』で唐后が逢瀬を重ねた日本の中納言に対して詠んだ歌、

夢とだに何か思いも出でつらむただまぼろしに見るは見るかは
《夢としてでさえ、どうしてあなたは思い出しているのでしょうか。ただ幻として見るのは見ることになるのでしょうか》

の『ただまぼろしに見るは見るかは』の大意は、
(1) 男女の逢瀬(おうせ…男女がひそかに逢うこと)を現実的ではなく、夢幻ととらえる朧化表現、さらに
(2)男女の深い結びつきを表す「見る」の古典的な意味合い、
の二つを組み合わせた解釈によって導かれると思います。
とにかく、方向は「夢かうつつか」の朧化の方向ですから、” ただ幻のような二人の逢瀬は逢瀬といえるのか、いえないのではないか ” といった大意になります。

「(あなたと私の逢瀬は)幻として見ることかは(⇒幻として逢ったのだろうか、いや、決してあれは幻ではなかった)」ではない点に注意して下さい!
「いい、よく聞いて。私たちが愛し合ったのは夢でも幻でもないのよ。あれは確かな現実。つまり、私たちは確かに、し・た・の。わかった?」
天地逆さまになっても、王朝女性がこんな歌を読むわけはありません。思わず吹いてしまうような、まさに噴飯ものの解釈ですが、私の見た範囲では、実に多くの学生がこの解釈を答案に書いていました。どうしてそうなるのでしょうか。設問を見てみましょう。


(二)「ただまぼろしに見るは見るかは」(傍線部イ)の大意を示せ。

Aさん⇒あなたに出逢ったことは幻だとは思えません。(不正解)
⇒幻のようにはかない逢瀬であったので本当に逢ったかどうかも定かではない。

*Aさんはこの年度の文二に合格されている方ですが、なぜAさんのような真逆の答案になってしまうのかというと、傍線部の文構造をよく考えず、短絡して『(あなたとの逢瀬は)まぼろしとして見るかは』の意に解したためと思われます。その発想の背景にあるのは、「夢はいつか現実になる」とか「夢のままでは終わらない」といった夢を否定する現代的言説の影響でしょうか。再現答案では、Aさんと同じ方向の答案を多く見かけました。
ところで、本来こうした表現は、それが夢の中の幻なのか、それとも現実に起こったことなのか自分でもよく分からない、といった自問自答的なフレーズですから、あまり断定的に「あれは逢瀬ではない/逢ったとはいえない」と言い切ってしまうのはよろしくないのですが、そこまでのニュアンスを求めるのは酷と見たのか、東大の要求はともかく大意を示せば良しということですから、つまり、断定的な言い切り型で書いても正解になる、ということになります。




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