お便りシリーズNo.83

【令和8年・2026年度
共通テスト試験古典(古文漢文)】




  


『うつほ物語』

昭和の旧館と令和の新館が不統一に繋がっ

た老舗(しにせ)観光ホテルの味わい・・・


 建築年代の異なる棟が「一つの建物」を名乗っている状態、例えば、昭和の旧館と令和の新館が、経営主体は同じで、「〇〇ホテル」という一つの名前を掲げ、ロビーや渡り廊下で無理に接続されている状況は、「うつほ物語」における

【 秘琴(ひきん)伝承譚(たん)】… 〔俊蔭(としかげ)系〕
【あて宮求婚譚(たん)】…〔仲忠(なかただ)恋愛譚〕

が、ともに「うつほ物語」という同一作品名のもとに収められている状態と非常によく似ています。
それぞれは、単体としては一応の完成度を見せているものの、接続部(廊下・階段=物語の接合部)に来ると、宿泊客や読者は
「あれ、今どこを歩いているんだ?」
という感覚を覚えてしまう点で、非常に良く似ています。

 私の郷里は、阿蘇国立公園内にある温泉街でしたから、昭和時代の観光地ホテル(昭和30~50年代)の雰囲気と、その栄枯盛衰の変遷はまさに目の当たりにしていました。
 そもそも、昭和の観光ホテルの対象となるお客さんは、団体旅行(修学旅行・社員旅行・慰安旅行)が前提であり、「大きいこと」「収容力があること」が価値とされました。広いロビー、宴会場、大浴場、同型客室の反復など、個人より「集団」が主語であった時代です。小津安二郎監督の名作『東京物語』にも、熱海の観光ホテルに泊まった老夫婦が、社員旅行の宴会の騒音に眠れぬ夜を過ごす場面がありますが、あの酔客の集団と宴会場の雰囲気は、まさに昭和の観光ホテルの姿そのものでした。

 一方、令和の時代になると、観光地ホテルの対象客は、個人旅行・少人数・インバウンドが中心となり、「泊まる」より「過ごす」滞在価値が重視されるようになりました。建物も自己主張しすぎない、静けさ・余白・プライバシーと景観なとが、上質な時間と空間を提供するようになります。

 その昭和旧館と令和新館が、"不自然”に接続されれると、どういうことになるのでしょうか?
 例えば、旧館と新館が長い廊下で複雑につながっていたり、新館の高く明るい空間が、旧館に入るや否や、唐突に低い天井と暗い空間に変わったり、エレベーターや階高が合わなかったり、といった現象を体験することになります。
それは、「昭和の身体感覚」と「令和の身体感覚」のズレが空間的に可視化された状態です。
しかし、それを欠点として捉えるのではなく、時代の断層として味わう、という態度も令和の宿泊客には求められているのかもしれません。
昭和の大量消費観光時代の記憶と、令和の上質な体験消費型、静けさや余白や個人のプライバシーを重視する再編成された観光の両方を体感できる点で、日本観光の変遷を体感できる貴重な空間資料とも言えるからです。
そして、その受容の構えは、「うつほ物語」の受容態度とも非常によく似ていると、私は思います。

 「うつほ物語」の前半は、俊蔭 (としかげ)→娘→仲忠(なかただ)→いぬ宮の4代にわたる【秘琴伝承譚(たん)】として描かれます。琴という秘儀的・呪術的・超人的技芸、血統により選ばれた者の継承、人間世界を超えた音楽の力、といったテーマが中心となります。
ここでは人物の心情描写よりも、「技芸はいかに正しく受け渡されるか」「神秘はどの血筋に宿るか」が主題で、登場人物は単にその「担い手」として描かれます。これを観光ホテルの旧館にたとえてみましょう。つまり、【秘琴(ひきん)伝承譚(たん)】=旧館。

 一方の【あて宮求婚譚(たん)】は新館です。あて宮という「理想の姫君」を求めて競合する貴公子たちの宮廷恋愛ゲームといった趣きであり、ここでは秒儀よりも、「誰が選ばれるか」「社会的評価と恋愛の成就」が焦点で、物語は王朝物語的リアリズムに傾きます。
開放的・社交的・世俗的空間である点で、令和の新館の、明るく開放的/バリアフリー/機能的な客室と似ています。

 秘琴伝承譚として読むなら、求婚譚は冗長です。求婚譚として読むなら、秘琴譚は前提が重すぎる感じがします。仲忠を中心とした物語の側からみると、あて宮は脇役以下であり、あて宮を中心とした物語の側からみれば、仲忠は結局たくさんの懸想人の中の、単なる一人にすぎません。物語の「目的」が切り替わってしまうため、読者は構え直しを強いられてします。

 それでも全体が破綻しない理由は、渡り廊下としての「琴」の存在があるからです。仲忠という人物が両棟を行き来する存在であり、琴が「技芸」でありながら「求婚の武器」でもある、という二面性を持っています。つまり琴は、旧館では「秘儀の象徴」、新館では「宮廷的競争資本」という用途転換を受けながら、渡り廊下の役割を果たしています。
ただし、この廊下は少し暗く、天井が低く、どちらの様式にも完全には属さない。だからこそ、歩く者に違和感を与えるわけです。
「あれ、今どこを歩いているんだ?」という感覚や、「取ってつけた様な接合」を感じてしまいます。

 結局、「うつほ物語」の不統一は、物語文学がまだ「何をする装置なのか」が定まっていない時代の痕跡のようなものです。血統神話なのか、宮廷物語なのか、芸能論なのか、あいまいなままに、そのすべてを一つの建物に詰め込もうとした結果が『うつほ物語』であり、その点で、増改築を重ねて複合化した老舗観光ホテルの建物と非常に良く似ています。

 これを他の王朝物語と比べれば、『源氏物語』は、一人の有名建築家が設計し、美意識を統合したコンセプトホテルといった感じでしょうか。しばしば「長大で雑多」に見えますが、建築的に言えば、あくまで同一の設計思想によって拡張された巨大建築です。
部屋数も多く、時期によって様式は微妙に変わりますし、宿泊客も世代交代しますが、空間の動線や光の入り方、中庭(=光源氏という重力核)が一貫しています。長大さに迷うことがあっても、不統一感としての不安はありません。つまり、『源氏』は廊下を歩いても世界観が変わりません。

 同じ平安中期の継子いじめの代表作『落窪物語』はどうでしょうか?こちらは目的特化型の機能性重視のビジネスホテルといった趣きです。継子いじめに耐える姫・勧善懲悪による正当な評価と幸福な結婚・継母への復讐・理解者(貴公子)による救済といった物語のすべての部屋は、最終的な結末に至るために無駄なく配置されています。
「うつほ物語」のような不要な部屋(秘琴の過剰設定)、用途不明の空間(新館から見て意味の薄い旧館の部屋)/儀礼だけの部屋がありません。わかりやすくて迷わないシンプルな間取りの実用ホテルです。テレビ番組でいえば「水戸黄門」的分かりやすさ。登場人物のメイクと顔の表情を見ただけで、「あ、こいつ悪者(わるもの)!」と一瞬でわかります。

 まとめると、「うつほ物語」は完成度では『源氏』にはるかに及ばず、簡潔さでは『落窪』にはるかに劣ります。しかし、「なぜ王朝物語はこの形に収斂していったのか」を知るためには、『うつほ物語』は時代の断層と試行錯誤の痕跡を、身体感覚として体験できる古典作品です。それは老舗観光ホテルの旧館・新館の不統一を、時代の断層として味わう見方と非常に良く似ているなぁ、と私は常々思っています。




第4問(古文)
次の文章は、「うつほ物語」の一節である。仲忠(なかただ)〔本文では「中納言」「君」〕は、祖父が異国で天人たちより伝授された琴(きん)とその奏法を、母〔本文では「尚侍(かん)のおとど」〕とともに大切に守り伝えてきた「琴の一族」である。本文は、仲忠の妻〔本文では「宮」〕が娘〔本文では「いぬ」「児」(ちご)〕を出産した直後の場面である。

中納言、「かの龍角(かくりゅう)《補註…祖父から伝わる秘伝の琴》は、

賜(たま)はりて、いぬの守りにしはべらむ」。尚待のおとど、うち笑ひて、

「いつしかとも、はた。さても、かやうの折には言ふやうかある」とのたま

へば、 「おほかたのことは、いかがはべらむ。この琴の族(ぞう)ある所、声

する所には、 天人の翔(かけ)りて聞きたまふなれば、添へたらむとて

聞ゆるなり

尚侍のおとど、典待(ないしのすけ)《補註…ここでは女官の一人》して、

大将のおとど《補註…仲忠の父》に、「かの、おのが琴、ここに要(えう)ぜ

らるめり。

取らせむ

と聞こえたまへれば、急ぎて三条殿《補註…尚侍のおとどと大将のおとど夫婦

の邸宅
》に渡りたまひて、取らせておはしたり。 三の宮《補註…仲忠の妻の

兄弟
》、取りたまひて、中納言にさし遣(や)りたまひつれば、唐(から)の縫ひ物

の袋に入れたり。児を懐に入れながら、琴を取り出(い)でたまひて、

「年ごろ、この手《補註…秘伝の琴の奏法》を

いかにしはべらむ

と思ひたまへ嘆きつるを。後(のち)は知らねど」などて、はうしやう《補註

…琴の曲名》といふ手を、はなやかに弾く。声、いと誇りかににぎははしき

ものから、また、あはれにすごし。よろの物の音(ね)多く、琴の調べ合はせ

たる声、向かひて聞くよりも、遠くて響きたり。

 中納言、かかるべき曲(ごく)《補註…子の誕生に際して弾くにふさわしい

》 を、音高く弾くに、風いと声荒く吹く。空のけしき騒がしげなれば、

「例の、物、手触れにくきぞかし。《補註…以前も琴を弾くと天変地異など

不思議な現象が起きたことを踏まえた表現
》わづらはし」と思ひて、弾き

やみて、尚侍のおとどに申したまふ。「今、曲一つ仕うまつらむとすれど、

(ア)騒がしければ、えなむ。

 これに御手一つ遊ばして、鬼逃がさせたまへ」と聞こえたまへば、

(イ)はしたなげにぞあめる。

君、「仲忠がためには、これにまさる折なむはべるまじき」と聞こえ

たまへば、尚侍のおとど、御床(ゆか)《補註…御帳台(みちょうだい)=貴人の

寝台/尚侍のおとどは宮の出産を手伝って御帳台の内にいた
》より下り

たまひて、琴を取りたまひて、曲一つ弾きたまふ。その音、さらに言ふ限り

なし。中納言の御手は、おもしろく凝(こご)しきまで《補註…険しい

ほどで
》、雲風のけしき、色殊なるを、この御手は、病ある者、思ひ

怖(お)じ、うらぶれたる人も、これを聞けば皆忘れて、おもしろく頼もしく、

齢栄(よはひさか)ゆる心地す。かかれば、宮は、御琴を聞こしめしつれば、

ただにおはしつるよりも若やかに、わざをしつるとも思されず、苦しきことも

なくて起き居たまへり。

中納言の君、「悪(あ)しかめり。なほ

臥(ふ)せさせたまひて聞こしめせ」

と申したまへば、宮、「ただ今は苦しうもあらず。この御琴を聞きつれば、

苦しかりつるも、皆やみぬ」とて居たまへり。女御(にょうご)の君《補註

…宮(仲忠の妻)の母》・尚待のおとど、

(ウ)風邪ひきたまひてむ

とて、騒ぎ臥せたてまつりたまひつ。琴は、弾き果てたまへれば、袋に入れ

て、宮の御枕上に、御佩刀(みはかし)添へて置きつ。


人物相関図

現代語訳

 中納言(=仲忠)は、「あの “ 龍角(りゅうかく) " 《補註…祖父から伝わる秘伝の琴》をいただいて、(生まれたばかりの娘である)いぬのお守りにしましょう」(と言う)。
尚侍(かん)のおとど(=仲忠の母)は、ちょっと笑って、 「(生まれたばかりで)はやくも、また(そんなことを言って)、このような折に(=出産の折に)言うようなことでしょうか」とおっしゃると、
(仲忠は)「一般的にはどうでしょうか(分かりませんが、しかし)、この琴の一族のある所、琴の音色がする所には、天人が空を翔(かけ)て飛んできてお聞きになるそうなので、(いぬの誕生にあたり、天人の加護を)添えようと思って

聞ゆるなり

(と答えた)

 尚侍(かん)のおとどは、典侍(ないし)《補註…ここでは女官の一人》を使って、大将のおとど《補註…仲忠の父》に、「あの私の琴が、ここで必要とされるようだ。

取らせむ

と申し上げなさったので、大将のおとど(=仲忠の父)は急いで三条殿《補註…尚侍のおとどと大将のおとど夫婦の邸宅》へお行きになって、(その琴を)取り寄せていらっしゃった。

三の宮《補註…仲忠の妻の兄弟》が(琴を)いただいて、中納言(仲忠)にさしやりなさったところ、(琴は)唐物の縫い物袋に入れてある。(仲忠は)児(ちご=いぬ)を懐(ふところ)に抱いたまま、琴を取り出しなさって、「長年、この手《補註…秘伝の琴の奏法》を、

いかにしはべらむ

と、思い嘆いておりましたのを。後のことは(どうなるか)分からないけれども」などと言って、「ほうしょう」《補註…琴の曲名》という曲を華やかに弾く。(その)音色は、とても誇らしけで賑やかであるものの、また(一方では)、しみじみ趣深く、ぞっとするような(素晴らしさ)である。様々な物の音(ね)も多く、琴の調べと合奏している様に(聞こえる)音色は、面と向かって聴くよりも、遠くから聴く方がより響いていた。

 中納言(=仲忠)が、このような曲《補註…子の誕生に際して弾くのにふさわしい曲》を、音高く弾くと、風がとても荒々しい音を立てて吹く。空の様子が騒がしげなので、「いつものように、この琴は手を触れにくいことよ。わずらわしい。《補註…以前、琴を弾くと天変地異などの不思議な現象が起きたことを踏まえた表現》」と思って、弾くのをやめて、尚侍(かん)のおとど(=仲忠の母)に申し上げなさる。

「今一曲(私が)お弾き申し上げようと思うけれど、

(ア)騒がしければ、えなむ。

これに、(あなた様の)曲・調べを一曲お弾きになって、鬼を退散させてください」と申し上げなさると、(母は)

(イ)はしたなげにぞあめる。

(とおっしゃる)。
 君《=仲忠/リード文に説明》は、「私仲忠のためには、これにまさる(母君の演奏にふさわしい)折はあるはずもありません」と申し上げなさると、尚侍(かん)のおとど(=仲忠の母)は、御床(おんゆか)《補註…御帳台(みちょうだい=貴人の寝台)/尚侍のおとどは宮の出産を手伝って御帳台の内にいた》よりお下りなさって、琴を手に取りなさって、曲を一曲弾きなさる。その音色は、まったく言い尽くせない(ほど素晴らしい)。

 中納言(=仲忠)の演奏は、趣深く凝(こご)しきまで《補註…険しいほどで》、雲や風の様子が格別になる(ほど)なのを、この(母の)演奏は、病ある者や(何かを)思い恐れて、うらぶれた人も、この演奏を聞けば皆(苦しみを)忘れて、面白く、頼もしく感じられて、寿命も延びるような心地がする。
こういうわけで、宮《=仲忠の妻/リード文に説明》は(尚侍のおとど=仲忠の母の)琴の音色をお聞きになると、(普段)いらっしゃる時よりも若やいで、(出産という大事な)わざを成したともお思いにならず、苦しいこともなくて、起き上がって座っていらっしゃる。

仲忠が、「(起き上がるのは身体に)悪いようだ。やはり、

臥(ふ)せさせたまひて聞こしめせ」

と申し上げなさると、宮(=仲忠の妻)は、「ただ今は苦しいこともありません。この(尚侍のおとど=仲忠の母の)琴の演奏を聴いていると、苦しかったことも、皆なくなってしまった」と言って座っていらっしゃる。

女御の君《補註…宮(仲忠の妻)の母》と尚侍のおとど(=仲忠の母)が共に、

(ウ)風邪ひきたまひてむ

と言って、騒いで(宮=仲忠の妻を)寝かせ申し上げなさった。琴はすっかり弾き終えなさったので、袋に入れて、宮(=仲忠の妻)の枕元に、御佩刀(みはかし)《補註…守り刀》を添えて置いた。



問1 傍線部(ア)〜(ウ)の解釈として最も適当なものを、次の各群の①~④のうちから、それぞれ一つずつ選べ。

(ア)騒がしければ、えなむ。

①騒がしいので、弾くことができません
② 騒がしいので、弾くのをやめてください
③騒がしくなったら、弾くことができません
④騒がしくなったら、弾くのをやめてください




(イ)はしたなげにぞあめる。

①出しゃばってはいけません
②力不足ではないでしょうか
③体裁が悪いように思います
④気まずくなるに決まっています




(ウ)風邪ひきたまひてむ

①風邪をおひきになるかもしれません
②風邪をひかせ申し上げるわけにはいきません
③風邪をひかせ申し上げてしまったようです
④風邪をおひきになってしまうでしょう




問2波線部a~dについて、語句と内容に関する説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

聞こゆるなり」は、「なり」が伝聞の助動詞で、龍角は天人が降臨するほど特別な琴だと仲忠が話に聞いていることを表している。

b取らせむ」は、「む」が意志の助動詞で、仲忠の願いを聞き入れ自分の琴を与えようと尚待のおとどが思っていることを表している。

いかにしはべらむ」は、「はべら」が謙譲語で、自身の琴の演奏を卑下する仲忠からの尚侍のおとどに対する敬意を表している。

臥させたまひて聞こしめせ」は、「聞こしめせ」が尊敬語で、見事に琴を弾く尚侍のおとどに対する仲忠からの敬意を表している。




問3 [1]段落《冒頭の中納言、「かの龍角は、〜取らせておはしたり。までの段落》に描かれる琴をめぐるやり取りに関する説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 仲忠は、尚侍のおとどから授かった龍角を、自分といぬがこれからも大切に守り続けてゆくと誓った。

②尚侍のおとどは、いぬに龍角を与えようとする仲忠に対して、誕生早々に気が早いことだと言った。

③ 仲忠は、生まれた子に琴を添えるのは一般的なことなので、琴の一族のいぬには当然必要だと述べた。

④ 尚侍のおとどと典待は、相談の上で、大将のおとどに三条殿から龍角を持ってきてもらうことにした。




問4 [2]段落《三の宮、取りたまひて〜で始まる段落》と[3]段落《中納言、かかるべき曲を、〜で始まる段落》に描かれる仲忠と尚侍のおとどの琴の演奏に関する説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。

① 仲思の琴の演奏は、待ちに待った我が子が生まれて得意になるあまり、誇らしげな歌声を交えてさまざまな音色を響かせたため、遠くまで聞こえるはなやかなものとなった。

② 仲忠の琴の演奏は、にぎやかな音色の中にも恐ろしさを感じさせるものであり、周りの自然にも影響を及ぼし、空や雲の様子を変えて鬼を追い払うほどの強い効果があった。

③ 仲忠の琴の演奏は、空模様を一変させ、激しい風を吹かせるような力があったので、尚侍のおとどはいつものことながら仲忠が琴を弾くのはやっかいなことであると思った。

④ 尚侍のおとどの琴の演奏は、子の誕生という自分にとって最上の折だから琴を弾いてほしいという仲忠の願いを受けたもので、その音色は言葉にできないすばらしさだった。

⑤ 尚侍のおとどの琴の演奏は、苦しみを忘れて寿命が延びるような気持ちになる効果があり、出産直後の宮もその音色を聞くと体調が回復したため、宮自身も演奏に参加した。




問5 次に示すのは、本文の場面に居合わせた右大臣が、後日、帝にその折のことを報告している際の会話である。これを読んで、この会話と本文に関する説明として最も適当なものを、後の①~⑤のうちから一つ選べ。

(右大臣)「尚侍(ないしのかみ)など琴弾きはべりしほどなむ、興はべりしや。いとありがたかりけることぞや」
(帝)「その琴は、いづれぞ」
(右大臣)「尚侍の、昔より弾きはべりける龍角となむ承りし。それをなむ、かの児になむ取らせはべりにける」
(帝) 「いといみじきもの得たりける女子(をんなご)にもあるかな」

…「尚侍」は本文の「尚侍のおとど」(仲忠の母)のこと。

① この会話で「いとありがたかりけることぞや」と詠嘆の助詞「や」を用いている点からは、尚侍のおとどが琴を弾くのは稀なことだと分かるが、本文でも尚侍のおとどは琴の一族以外の人の前で演奏することを最初は拒んでいた。

② この会話での「その琴は、いづれぞ」との帝の問いからは、仲忠一族の琴の伝授が他の人にとっても関心の的であったことが分かるが、本文でも仲忠の後継者が長年不在であったことに対する世間の嘆きの声が記されていた。

③ この会話での「尚侍の、昔より弾きはべりける龍角」との右大臣の説明からは、龍角は尚侍のおとどが幼い仲忠とともに弾いた思い出の楽器であることが分かるが、本文でも仲忠は龍角の演奏を聞いて幼少時を思い出していた。

④ この会話で「それをなむ、かの児になむ」と強意の助詞「なむ」を繰り返す点からは、龍角を誕生直後のいぬに与えるのは特別なことだと分かるが、本文でも仲忠はいぬに授けられた龍角を早速(さっそく)いぬを抱きながら演奏していた。

⑤ この会話での「いといみじきもの得たりける女子にもあるかな」との帝の発言からは、尚待のおとどが並外れた琴の表法を持ち合わせていることが分かるが、本文でも尚侍のおとどの演奏が仲忠の演奏以上に賞賛されていた。





木山のホームページ


第5問〔漢文〕

次の文章は江戸時代後期の漢学者である長野豊山〔ながやまほうざん〕(1783-1837)が表したものである。

客(きゃく)余(よ)に問ひて曰(いは)く、「子(し)は詩を学ぶに、唐(とう)か、

宋(そう)か」と。 曰(いは)く、

    ズシモ ナラ二  ズシモ ナラ、 

   ズシモ ンバアラ  唐  ナラ


[我は必ずしも唐(とう)ならず、必ずしも宋(そう)ならず、又(ま)た必ずしも

唐宋(とうそう)ならずんばあらず。]


見るべし、不必の二字、是(こ)れ我(わ)が

(ア) 宗 旨 (しゅうし)

なり」と。

東坡(とうば)《補註…北宋の文人蘇軾(そしょく)の号

云(い)ふ、「詩を作るに此(こ)の詩を必(ひつ)とするは《補註…このような

詩でなければならないとするのは


定(さだ)めて詩人に非(あら)ざるを知る」と。

(イ) 知 言

と謂(い)ふべし。

窃(ひそ)かに世の詩流を視(み)るに、詩の巧拙(こうせつ)

《漢単C13…たくみであるか下手であるか》を問はず、同じきに

党(とう)し異なるを伐(う)ちて《補註…同じ考えの者をひいきして、異なる

考えの者を攻撃して
》、忿争(ふんそう)すること狂うがごとし。

 是  雖  狭  見  使  然、 


   (ま) (はなは) (がい)ナラ  

[亦(ま)た已(はなは)だ騃(がい)ならずや]

補註…騃=愚かなさま

人の口(くち)を極めて白石(はくせき)・南郭(なんくわく)《補註…新井白石/

服部南郭=共に江戸の漢学者・詩人
》を罵(のの)しりて、以(もっ)て偽詩(ぎし)

と為(な)す有り。

余(よ)

 (こ) (み)ンコトヲ  (そ)  

 意を立つる《補註…主題を立てる》こと陳腐にして、但(た)だ多く

生字(せいじ)《補註…見慣れない字や言葉》を用ゐて、以(もっ)て其(そ)の

拙(せつ)《漢単C13…下手であること》を掩(おほ)ふのみ。

 余 因(よ)リテ (い)ヒテ ハク

「白石(はくせき)・南郭(なんくわく)は誠に偽詩(ぎし)を作り、吾子(ごし)

補註…あなた》は真詩を作る。然(しか)れども、吾子の詩は、譬(たと)へば

真瓦(しんが)《補註…素焼きの器物》なり。

二子(にし)の詩は、譬(たと)へば偽玉(ぎぎょく)なり。真瓦の価(あたい)、

迥(はる)かに偽玉の下に在(あ)り」と。

〔『松蔭快談』による〕


現代語訳

 ある客が私に問うて言うことには、「あなたは詩を学ぶに(あたって)、唐か《補註…唐詩を手本としているか》、宋か《補註…宋詩を手本としているか
(私が)言うことには、

    ズシモ ナラ二  ズシモ ナラ、 

   ズシモ ンバアラ  唐  ナラ


[我は必ずしも唐(とう)ならず、必ずしも宋(そう)ならず、又(ま)た必ずしも

唐宋(とうそう)ならずんばあらず。]


 私は必ずしも唐詩(を手本とするわけ)ではなく、必ずしも宋詩(を手本とするわけ)でもない。また、必ずしも唐詩や宋詩(を学ば)ないというわけでもない(=唐詩宋詩以外を学んでいるわけでもない)
よく見てみなさい、「不必(ふひつ)の二字《必ズシモ〜(せ)ズ…特定の立場に固執しないスタンス》、これこそが私の

(ア) 宗 旨 (しゅうし)

である」と。

 東坡(=蘇軾そしょく)はこう言っている。「詩を作るにあたり、『このような詩でなければならない』《←補註あり》とする人は、(その人は)決して(真の)詩人ではない。」(これこそ、)

(イ) 知 言

と言うべきだ。
 私が密かに世の詩人たちの潮流を見ると、詩の上手さ・下手さを問わず、同じ考えの者をひいきして、異なる考えの者を攻撃し《←補註あり》、怒って争うのはまるで狂っているかのようだ。

 是  雖  狭  見  使  然、 

   (ま) (はなは) (がい)ナラ  

[亦(ま)た已(はなは)だ騃(がい)ならずや]

 人に、言葉を尽くして新井白石や服部南郭を罵倒して、彼らの詩を「偽物(にせもの)の詩だ」とみなしていた人がある。私は、

 (こ) (み)ンコトヲ  (そ)  

(するとその詩は)主題の立て方《←補註あり》が陳腐で、ただ見慣れない字や言葉《←補註あり》を多く用いて、それによって自分の下手さを隠しているだけのものだった。

 余 因(よ)リテ (い)ヒテ ハク
 
「白石や南郭は確かに『偽物の詩』を作っており、あなたは確かに『本物の詩』を作っている。しかし、あなたの詩は、たとえるなら『本物の素焼きの器(=価値のない素焼きのうつわ)だ。(それに対して)あの二人の詩は、たとえるなら『偽物の玉(=美しい宝石)だ。本物の素焼きの器の価値は、偽物(にせもの)の宝石よりもはるかに下にある」と。



問1 波線部(ア)・(イ)のここでの意味として最も適当なものを、次の各群の①~④のうちから、それぞれ一つずつ選べ。

(ア) 「宗旨」

① 祖先の教説
② 党派の主張
③ 深遠な教義
④ 主要な見解




(イ) 「知言」

① 見識のある言葉
② もっともらしい言葉
③ よく聞く言葉
④ 自明の言葉




問2 傍線部「 我 不 必 唐、 不 必 宋、又 不 必 不 唐 宋」の説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから 一つ選べ。

① 豊山は詩を学ぶ上で、唐詩も宋詩も大切なので、唐詩と詩のいずれをも学ぶ必要があると説いている。

② 豊山は詩を学ぶ上で、唐詩も宋詩も必要でなく、唐詩でも詩でもない詩を学ぶのがよいと説いている。

③ 豊山は詩を学ぶ上で、唐詩も詩も絶対視せず、唐詩や宋詩を決して学ばないのでもないと説いている。

④ 豊山は詩を学ぶ上で、唐詩も宋詩も重要視せず、唐詩や末詩以外の詩を学ぶことも不要だと説いている。




問3 傍線部「是 雖 狭 見 使 然 」の返り点の付け方と書き下し文との組合せとして最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。

①是難換見使然…是れ狭く然らしめらると雖も

② 是難換見使然…是れ狭見の然らしむと雖も

③ 是難換見使然…是れ狭しと雖も見て然らしむるは

④ 是難換見使然…是れ狭しと雖も然らしめらるるは

⑤ 是難換見使然…是れ狭見と雖も然らしむるは




問4 傍線部「不 亦 已 騃 乎」の解釈として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① やはり愚かなことであろうか。
② どうして愚かだといえようか。
③ なんと愚かなことであろうか。
④ かえって愚かだといえようか。




問5 傍線部「請 観 其 詩」の解釈として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 白石・南郭の詩を悪く言った者に、その人自身の詩を見せてくれるように求めた。

② 白石・南郭の詩を悪く言った者に、白石・南郭の詩を見せてくれるように求めた。

③ 白石・南郭の詩を悪く言った者に、その人自身の詩をよく見なおすように求めた。

④ 白石・南郭の詩を悪く言った者に、白石・南郭の詩をよく見なおすように求めた。




問6 傍線部「余 因 謂 曰」以下の豊山の言葉について、その内容の説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 豊山は、ある人が白石・南郭の詩を偽詩と批判するのに同意した上で、詩の巧拙を「玉」「瓦」でたとえることによって、ある人の詩を真詩であると高く評価しており、相手の発言を重視してその詩作を承認している。

② 豊山は、ある人が白石・南郭の詩を偽詩と批判するのに対し、表面上は同意しつつも、詩の巧拙を「玉」「瓦」でたとえることによって、「二子」の詩を評価しており、相手の言葉を用いながら逆の結論へと導いている。

③ 豊山は、ある人が白石・南郭の詩を偽詩と批判するのに同意した上で、詩の巧拙を「玉」「瓦」でたとえることによって、「二子」の詩にも評価すべき点があるとして、相手の見解と自身の評価を調和させようとしている。

④ 豊山は、ある人が白石・南郭の詩を詩と批判するのに対し、詩の巧拙を「玉」「瓦」でたとえることによって、ある人の詩にも問題点があることを指摘するが、相手の立場を擁護し詩作が上達するよう励ましている。




問7 次の【資料】は本文と同じく豊山の文章である。本文と【資料】の両方から読み取れる、詩の評価に関する豊山の考えとして最も適当なものを、後の①~④のうちから一つ選べ。

【資料】 〔書き下し文にしています〕
 余は詩に於(おい)て偏好(へんこう)する所無し。其(そ)の風調(ふうちょう)

…詩風》の異同(いどう)を問はず。佳(よ)き者は之(これ)を取る。

但(た)だ生硬(せいこう)・拙俗(せつぞく)にして、諷詠(ふうえい)《…詩を

朗唱する
》するに韻致(いんち)《…気品や風情》無き者は、名人の作る所

と曰(い)ふと雖(いへど)も、我は則(すなは)ち取らざるなり。

(『松陰快談』による)

① 世の詩人たちは、徒党を組んで詩の上手下手を争っているが、重要なのは世間の人々の評判である。名声の高い人物の作品であっても、親しみやすさに欠けるものは評価に値しない。

② 世の詩人たちは、作風にこだわって党派争いをしているが、重要なのは詩としての完成度である。名声の高い人物の作品であっても、風趣に乏しく稚拙なものは評価に値しない。

③ 世の詩人たちは、徒党を組んで詩の上手下手を争っているが、重要なのは作風の独創性である。名声の高い人物の作品であっても、独自の風格を持たないものは評価に値しない。

④世の詩人たちは、作風にこだわって党派争いをしているが、重要なのは表現の平易さである。名声の高い人物の作品であっても、奇をてらった作為の目立つものは評価に値しない。


[この記事つづく]





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