《 古文の背景知識  6 》


入内と後宮について教えてくださ〜い!

  
 入内(じゅだい)とは簡単に言って、天皇の后(きさき)となるために後宮(こうきゅう=帝のいらしゃる清涼殿の北に広がる后たちの御殿のある場所)に入ることを意味します。

 王朝的な物語では、適齢期の娘を抱えた大臣や大納言クラスの
父君が娘の行く末を案じてあれこれと悩むシーンがよく出てきますが、こんな時、父君の発想はたいてい階級的なランク付けがなされていて、まずはわが娘を帝に差し上げようか、などと考えるものです。

 それが思いはばかられてしまうという場合には、
(1)すでに
有力な后が帝の寵愛を独占していて娘を入内させたとしてもそれほどのご寵愛は望めないのではないか、また
(2)しっかりとした
後見(うしろみ=直単D基礎知識3@政治的な後ろだて)もなくては、娘を帝に差し上げても娘が後宮で苦労するのではないか
などの危惧が考えられます。

 帝への入内がどうも不都合だということになると、次に考えるのは
東宮(皇太子)に娘を差し上げるか、それもまたままならないとなれば、次は同じ大臣家の子息で、世間の評判も高い立派な貴公子に娘を差し上げようなどと考えるのが常です。

 もともとは高貴な血筋でも何かの事情で没落し、娘にそれ相当な婿を探せない場合には、父君は「世をはかなんで軽はずみな結婚などせず、家名を汚すことなく身を慎んで一生を過ごしなさい」などと、娘の姫君に言い残し、従順な姫君はその父の遺言を守り通して生きていったりします。

 たとえば、平成12年センター国語TU追試『風につれなき』では、父の太政大臣が娘の姫君に、身を慎んで家名の傷となるような軽はずみな結婚をすることがないように、といさめています。

 とにかく、一般的にはある程度の上流貴族にとっては娘を帝の后として差し上げ、帝との間に
皇子誕生を実現することが、父親として娘にしてあげられる最高の幸せであると考えられていました。逆にいえば、天皇の寵愛を得ることが、女としての最高の幸せでもあると考えられていたとも言えます。
 
 実はその背景には、平安時代の後期まで続いた摂関政治が大きく影響しています。
摂政・関白というのは、幼い天皇の補佐役として事実上の政治の実権を握る重職ですが、その摂政・関白にあたる人は多くの場合、幼い天皇の母方の祖父です。
 
 どうして、天皇の父方の祖父が摂政・関白にならないのかといえば、それは日本の古代社会が母系社会であったことに原因があります。背景知識bRの求愛と婿入り婚でも説明したように、王朝時代には
男が女の家に通う通い婚が主流です。
 そこで、通ってくる男は、妻の実家から身の回りの世話をしてもらったり、経済的な支援を受けたり、妻の実家の権勢を足がかりに出世していったりするのですが、そういう通い婚制度のもとでは、生まれた子供は
妻の実家のほうで養育します。
 つまり、男君には扶養の義務がなかったわけです。現代的法律用語でいえば、生まれた子供の親権が通ってきた男君にはなく、妻の実家の側にあったわけです。



 私たちは後宮というと、帝が好きな女性たちを一箇所に集めたハーレムのようなものを想像しがちですが、結局、後宮もそれぞれの権勢家の娘たちがそれぞれの実家の家運を担って、後宮に出張しているようなものです。
 ですから、帝が後宮の、ある姫君のもとにお渡りになる行為は、本義的にはやはり通い婚の一形態なのです。

 ですから、そうやって生まれた皇子の親権は、同様に妻の実家の側にあるわけで、父方の帝にあるわけではありません。
 そこで、その幼い皇子が、次期天皇として即位したあかつきには
母方の祖父が摂政・関白として名乗りを上げるわけです。これが摂関政治の政治的な勝利者への道筋です。

 つまり、上流貴族が政治の実権を握るためには、まず
后がねとして娘を持たなければなりません。その上でその娘に姫君としての最高の教養を持たせ、入内させた上で帝の寵を競い、皇子誕生をひたすらこい願うというのが、あの時代の政治闘争のプロセスです。

 ですから、帝が足しげく娘の後宮に通ってくれるように、最高の教養と容姿を兼ね備えた美しい女房たちをまわりにはべらせ、華やかな文化的サロンを形作ります。
 そんなふうに考えてみると、平安中期に女房たちによって花開いた華麗な王朝文学も、摂関政治という政治的な要請という一面もあったわけです。

 権勢家がこのプロセスを上りつめて、娘が帝の寵愛を受け、皇子誕生ということにでもなれば、すっかり
我が家は安泰ということになります。平成12年センター国語TU追試『風につれなき』の問6の選択肢のDに「中宮の皇子出産により家の繁栄は確かなものになり…」という一文が述べられているのは、こうした前提があってのことです。

 また出世・栄達という点で付け加えれば、蔵人頭(くろうどのとう)という役職も重要です。蔵人頭とは、天皇の衣服や食事などに奉仕し、宮中の諸事を司る役所の長官ですが、今でいえば宮内庁長官みたいな位置づけで、天皇の側近として将来の出世も約束されるといったポジションでした。

 蔵人頭に任命されるかどうかといった確執を描く話も多いのですが、実はその勝者、敗者の裏側には、姉妹や娘たちが後宮で帝の寵愛をどのように得ているかといった、女の戦いが複雑にからみ合う場合が多かったのです。
 






                        
もどる