お便りシリーズNo.71
= 令和2年・2020年早稲田・教育学部古典(古文漢文)だより =
微妙です
(三) 次の甲・乙を読んで、あとの問いに答えよ。
【甲】次の文章は、『建礼門院右京大夫集』の一節である。元暦二年(1185)三月の壇之浦合戦で平資盛が死に、それを知った右京大夫の思いがつづられている。
さてもげに、ながらふる世のならひ心憂く、明けぬ暮れぬとしつつ、さすが
に
1 うつし心【直単A7*=正気の様】
も交り、物をとかく思ひ続くるままに、悲しさもなほまさる心地す。はかなく
あはれイなりける契りのほどもわが身ひとつのことにはあらず。
同じゆかりの夢見る人は、知るも知らぬもさすが多くこそロなれど
2 さしあたりて、
例(たぐひ)なくのみ覚ゆ。昔も今もただのどかハなる限りある別れこそあれ、
かく憂きことはいつかはありけるとのみ思ふもさることにて、ただとかく、さ
すが思ひニなれにしことのみ忘れがたさ、
3 いかでいかで今は忘れむ
とのみ思へど、叶はぬ、悲しくて、
《歌》 ためしなきかかる別れになほとまる面影ばかり身に添ふぞ憂き
《歌》 いかで今はかひなきことを嘆かずて物忘れする心にもがな
《歌》 忘れむと思ひてもまた立ち返り
4 なごりなからむことぞかなしき
ただ胸にせき、涙に余る思ひのみホなるも、何のかひぞと悲しくて、後の世を
ば、かならず思ひやれと言ひしものを、さこそその際(きは)も心あわただしか
り[ Ⅰ ]
またおのづから残りて、あととふ【B45③とふ→亡き人の菩提を弔う】人も
さすがある[ Ⅱ ]ど、よろづあたりの人も世に忍び隠ろへて、何事も道
広からじなど、
5 身ひとつのことに思ひなされて
悲しければ、思ひを起こして、反古(ほご)【D45→昔の手紙】選り出して、料
紙(りょうし)にすかせて、経書き、またさながら打たせて、文字の見ゆるもか
はゆけれ【B37②→見ていられない】ば、裏に物押し隠して、手づから地蔵六
体墨書きに書きまゐらせなど、さまざま心ざしばかりとぶらふ【D45③→亡き
人の菩提を弔う】も、また人目つつましければ、疎き人には知らせず、心ひと
つに営む悲しさも、なほ堪へがたし。
《歌》 救ふへなる誓ひ頼みて写しおくをかならず六(むつ)の道しるべせよ
など泣く泣く思ひ念じて、阿証上人の御もとへ申しつけて、供養せさせたてま
つる。
さすが積もりにける反古なれば、多くて、尊勝陀羅尼、何くれさらぬことも多
く書かせなどするに、なかなか見じと思へど、さすがに見ゆる筆の跡、言の葉
ども、かからでだに、昔の跡は涙のかかるならひトなるを、目もくれ心も消え
つつ、言はむ方なし。
その折、とありし、かかりし、わが言ひしことのあひしらひ何かと見ゆるが、
かき返へすやうに覚ゆれば、ひとつも残さず、
6 みなさやうにしたたむるに、
見るもかひなしとかや、源氏の物語にあること、思ひ出でらるるも、
7 何の心ありてと、つれなく覚ゆ。
《歌》 かなしさのいとどもよほす水茎の 8 跡はなかなか消えねとぞ思ふ
《歌》 かばかりの思ひに堪へてつれもなくなほ[ Ⅲ ]玉の緒も憂し
【玉の緒→命/公64(58)】
『建礼門院右京大夫集』による
『建礼門院右京大夫集』による